第1章

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 四、五人の村人がふくべ沼に向かいました。棒で葦をかき分け岸辺を探索していると、「あ、あれは何だべ」誰かが叫びました。  葦のあいだに赤いものが見え隠れしています。棒を伸ばしますが届きません。ひとりが長い竹を見つけてきました。その竹で慎重に手繰り寄せると、それは花が大事にしていた人形でした。手にするとチリン、チリンと悲しく鳴きました。それからみんなでふくべ沼を探しましたが、到頭、花は見つかりませんでした。 「この沼は底なしぬまだべ」 「ああ、昔から同じことが何べんもあったんだ」 「だからこの沼にはちかよっちゃならねえと」  村人はやり切れぬ気持ちを口にしました。  村人は、亭主を事故で亡くし、娘もいなくなったとよを、かわいそうだと思う気持ちと、庄屋と乳繰り合っていたから花を死なせたんだという思いが錯綜し複雑な心境でした。そして、この騒動も月日の経過とともに村人の話題になることも無くなってまいりました。  ですが……そう、あれは花が亡くなって半年ほど経った頃でしょうか。  村人が道を歩いていると、カラン、コロン、カラン、コロン。下駄の音がします。振り向くと、とよが血相を変えています。目付きが尋常ではありません。 「はな、花が居なくなった。花を見かけなかったべか」  女とは思えぬ力で腕を握るのです。村人は怖くなってやっとの思いで振りほどいて逃げて行きます。 「はな、花はいねえべか」  道行く人に、畑で仕事をしている者に。誰かれの区別なく声を掛けるのです。 「はな、はなー。どこさ行っただー」  そういうことが度々起こり、村の肝入り五人が庄屋と相談しました。 「どうするべ」 「病院へ連れて行くか」 「その辺の病院ではだめだべ。行くんなら大きい街の病院だ」  すると黙って話を聞いていた庄屋が「連れってってどうする。治る見込みあんのか? 第一金は誰が出すんだ」と言いました。  重たい空気が座を占めました。先代の庄屋は村の為に一所懸命だったのですが、倅は万事がこの通り。村の為に身銭を切るなど考えもしない男です。  余りの言葉に年嵩の肝入りが「おめえにも責任の一端はあるんだぞ」庄屋を睨みました。するともう一人が「一端どころでねえべ。大部分の責任はおめえにあるべ」と凄みました。
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