第1章

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             お盆の出来ごと  時代は明治の始めで御座います。徳川を倒した新政府が欧米列強に追いつこうと躍起になっていた頃の話で御座います。  東京から遠く離れた小さな村に鉄道が通るというんで、それはそれは大騒ぎになっておりました。これといった産業もない貧しい村です。一時期でも鉄道建設の日雇いで日銭を稼げることは有難いことなのです。  これからお話する物語はそんな小さな貧しい村の不思議な出来事で御座います。  この村に、庄屋から田んぼを借りて細々と生活しております、為吉、とよ夫妻が居りました。二人には五歳になる花という、かわいいひとり娘がいました。  為吉は鉄道の工事が始まりますと、日銭を稼ぐため、田んぼはとよに任せ日雇いの仕事に行きました。田んぼを耕すより何倍もの収入になりますから、為吉は一所懸命働きます。工事を担当する親方から仕事を認められ、村での工事が済んでも「どうでえ、百姓なんか辞めて俺の下で働かねえか」と声を掛けられるほどになっておりました。  為吉はとよと相談して、取りあえず次の村の工事まで仕事をすることにしました。仕事場は遠くなります。今までのように家から通うのは無理になり飯場に泊まり込み、月に二度ほど家に帰ってくるという生活になりました。 「おっかあ、父ちゃんは何時かえってくんだべ」花がとよに訊きます。 「そうだなあー」と、とよは指を折りながら数えて「後五回寝れば帰ってくるべ」と答えました。 「また、何か買って来てくれるべかなあ」花の言葉が弾みます。  この前帰って来たときに、為吉は赤い着物を着た人形を買って来てくれたのです。花は何処に行くにもその人形を抱いて出かけます。人形の腰には大きな鈴が付いています。チリン、チリン。花が通ると鈴の音がします。畑や田んぼで働く村人は顔を上げなくとも花だと分かります。それほど花は人形を肌身離さず大事にしていました。花は、父親がまた何か買ってきてくれるのを楽しみにしているのです。 「いい子にしてれば買ってきてくれるかもな」よは目を細めます。  そんな話しをしていたある日の夕暮れ、とよがかまどの火加減を見ていると、 「と、とよさん! 大変だ」  為吉と一緒に仕事をしている筈の友蔵が飛び込んできました。 「た、た、た、 為吉が」と言った切り次の言葉が出ません。
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