第1章

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 庄屋は父親の後を継いで初めて辛辣な事を言われ驚きました。五人の顔を窺うと怒った目を向けているので「わ、分かった。言う通りにするべ」と言うしか御座いませんでした。  その時です。何やら庭先が騒がしくなりました。座敷から縁側へ行くと、とよが「はなー、花は来てねえべか」と騒いでいます。家の者が必死に宥めていますが聞き入れません。呆然と立ち尽くす庄屋を認めると「このごろ俺を抱きに来てくれねえなあ、こんどは何時来てくれるんだ」と詰め寄ります。  庄屋は「な、な、何を莫迦な世迷言を言ってるんだ。こいつの言うことは全部出鱈目だ。誰も信用するな、こ、こんな女の為に病院代なんぞだせるか!」  吐き捨てるように言うと家の中へ消えてしまいました。 「待ってくれ庄屋さま~。はな、花はどこにいっちまたんだ~」  肝入り五人はとよの姿を複雑な心境で見詰めることしか出来ませんでした。そしてわめくとよを宥めることもせず、庄屋の家を後にしました。  その騒動があった日以降、とよは家から一歩も出ません。最初村人は、これで静かになると喜んでいましたが、とよは三日経っても姿を現しません。心配になり、誰かが様子を覘きに行くと家の中はからっぽです。花の時と同様村人はとよを探しました。真っ先にふくべ沼へ向うと波一つない水面にうつ伏せで浮かんでいました。 「早くに入院させていたらこんなことに……」  肝入りのひとりが悔みました。 「花を探しにここまで来ちまったんだべ。哀れなことだ」  村人は相談してとよの葬式を盛大に執り行いました。しかし庄屋だけは「根も葉もないことを言いふらしたおんなの葬式など出たくない」と言い張り出席しませんでした。そのころには、もう庄屋を庄屋として認めない村人が大勢います。知らないのは庄屋本人と家族だけです。  そして年が改まり、お盆がやって来ました。とよと花の新盆です。村では二人の供養を執り行いましたが、やはり庄屋は出席しません。  お盆一日目の夕刻、家々では火を焚き、お供えをこしらえて先祖の霊を迎えます。そして家族そろっての夕食。厳かな一日が終わりました。  やがて人々が寝静まった夜。とうに十二時は過ぎています。何やらもの音が聞こえます。カラン、コロン、カラン、コロン。下駄の音です。誰かが夜の道を歩いています。続いて人の声も聞こえてきました。 「はな~、花はいねえべか~」
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