春のひとひら

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「一番幸せやったのは特攻隊の連中たい。敵艦に突撃してそれで終わり。苦しみもなんもせんでいい。それに比べて歩兵の兵隊さんの行軍の辛さがおまえに分かるや? 日照りの中も、凍りつきそうなくらい寒か日もずうっと果てのないくらい歩いて行かないかん。おまけに食料も手持ちの分しかなかったけんなあ。ところどころで徴発していかなならんかった。国民党がはほとんど徴兵してしまっとったけん、家ん中には女子ども、それからジジババしかおらんかった。支那人たちはあわれなもんじゃったよ。でも、おれたちも生き延びないかんけんな。支那人がイモやら麦やらに泣いてすがりつくとば必死に引き離して飯ば食いよった」  は? バカじゃないの? 特攻隊の人たちが幸せ? 死んじゃったのに? それなのに幸せなわけないじゃん。もう少しで口に出してしまいそうだった。でも、ここはぐっとこらえておかなきゃいけない。相手はなんだかんだ言って喜寿を越えたお年寄りだし、常識はずれのことを言っているとはいってもやっぱり敬わなければならない。  私は中国の人たちがかわいそうでならなかった。自分たちの食べ物を奪われ、飢えと乾きのために苦しむ。どれだけつらかったことだろう。それに徴発って、要は略奪でしょ? 戦争中だから仕方がなかったのかもしれないけど、ふつうの人間なら良心の呵責に責め喘ぎ、暗い思い出を心の片隅に閉じ込めてしまうところだと思う。それなのになぜか嬉々としてその出来事を語るおじいちゃんが憎らしかった。人間じゃないとすら思えた。  私が胸に強い吐き気を覚えていたのに、性懲りもなくおじいちゃんはまた紙袋から写真を取り出し、この上ないくらいうれしそうな顔をしていた。     
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