春のひとひら

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 それから行軍、いやもう軍じゃ()うなっとったが、おれたちはぼんやりとした頭のままひたすら歩いた。行きはまだよかった。拠点ば制圧するちゅう目的があったけんな。本当に日本は降伏したんやろうか? 家族も死んでしもうとるかもしれん。もしかするとおれたちは殺されるっちゃなかか。そんな思いばかりが先に立って、何のために進みよるか全然わからんかった。戦争が終わったちゅう喜びもぜんぜん感じれんかった。ただ機械のごと歩きよるだけやった。 どげんかこげんかまでたどり着くと、そのまま捕虜として抑留された。もう食べ物が無いっちゅう苦しみを味わうこともなかった。じゃが、心配せんで飯が食える喜びを感じながら、一方で日本に帰してもらえんっちゃなかろうかちゅう思いがいつも頭のどこかにこびりついとった。おれたちはその年の冬を安慶で越した。  あくる年の三月、半年たってから、ようやく帰国の許可が出た。おれたちは叫ぶでもなく、ただただ安堵して、ため息ば漏らいた。そして、上海まで行くぞ、そこから船に乗る。それがおれたちに下された最後の命令じゃった。上海で船に乗り、佐世保で降りて、そこから汽車に乗った。日本はやっぱり狭かなと思ったよ。ちょっと居眠りばかぶりよる間につうと着くっちゃけんな。満鉄とはぜんぜん違うとる。  でも自分が本土に帰ってきたっちゅう実感はまるでなかった。駅から降りると、ばあさんが迎えにきとった。ご苦労さまでした。そう言われたばってん、まだ全然ぴんと来とらんかった。     
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