春のひとひら

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 そこから二時間ばかり歩いて、うちの部落まで着いた。帰り道、おれもばあさんも一言も口ばきかんかったばってん、家までたどり着こうかとするお宮の前でばあさんがふとつぶやいた。 桜が綺麗かですね。  おれも何気なくそっちば見た。ちょうど盛りの時期でなあ。境内の片隅に満開の桜が咲いとった。風が吹くたびごとに花びらが少しずつ散っていく。おれが二十年以上、毎年見続けたふるさとの桜やった。  帰ってきたっちゃな。おれが言った。  はい。ばあさんが笑った。おかえりなさい」  私の短い回想はそこで途切れた。面会時間の終了がせまっている。私は薄いコートをはおり、車に乗った。  昨日、おじいちゃんに癌が見つかったと連絡があった。うちは癌の家系だし、そこは別に驚きもしなかった。何より、あの強いおじいちゃんがそう簡単に死ぬとは思えなかった。ただ、仕事終わりにおじいちゃんへ電話をしたとき、その声がいつものおじいちゃんとは思えないくらい弱々しくて、八十にして鍬をふるって田畑を耕していたおじいちゃんとは信じることができなくて、そのとき初めておじいちゃんの死を思った。  今日、あの写真を見つけたのも偶然ではなかったのかもしれない。戦争はおじいちゃんの生であり、死であったから。  運転をしながらまたおじいちゃんのことを考える。戦争のことを考える。     
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