春のひとひら

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 あのときのことを思い出しながら、自分はなんてひどいことを言ったのだろうかと思う。人を殺したときどんな気持ちだった? 私は若かった。いや、若さのせいにしてはいけない。私は単に浅はかだったのだ。殺したくなくても殺さなければならない極限の状況に置かれた兵士の気持ちがまったく分かっていなかった。ひとりよがりで、バカだった。  私が少し大人になりかけたとき、もう一度あのときのことを考えた。消化されていない疑問が残っていた。  おじいちゃんは本当に人を殺していないのだろうか。もっと正確にいえば、自分が人を殺したかどうかが本当に分からないのだろうか。私には軍隊の知識はまるでないけれど、それはありえないような気がした。いくらおじいちゃんが前線で戦っていなかったとはいえ、一度や二度は目の前で敵兵が死んでいくのを見たはずだ。自分が撃った弾で悶絶し、地に伏していく敵兵の姿を。私はだまされたのだろうか。あのおじいちゃんに。いや、いくら私がバカだといってもそれはない。絶対にない! 人をだますことなんて決してできないおじいちゃんだから……。  そしてようやく一つの答えを出す。おじいちゃんは私たちをだましてたわけじゃない。自分をだましていたのだと。戦争というものを、そしてそれに付随している人殺しというものを、罪を、悔いを誰よりも感じているからこそ、そこから目をそらさずにはいられなかった。     
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