春のひとひら

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 春にひとひら。やわらかい桃色の薄片が舞い降りてくる。見飽きたはずの光景がそのときのおじいちゃんにはどんなふうに見えたのだろう。黄土の中で数年を過ごし、久しぶりに見た日本の四季の移ろいをどのように感じたのだろう。もちろん、美しく思ったのは間違いない。でも……。 家へと向かう道のりは戦争に行く前と、行ったあとではずいぶん変わっていたことだろう。建物が立ち、あるいは崩れ、小さかった近所の子どもたちも見違えるほど大きくなっていたことだろう。二十歳で戦争にとられ、そこからの五年間はひたすら銃剣をかまえ、歩き、人を殺すことに費やされた。命が助かって故郷に戻ってきたとしても、喪った時間は二度と戻ってこない。  ××が悪い。××が!   おじいちゃんはこんなふうにアメリカに戦争をけしかけた特定の軍人を罵った。私はいつも、たしかにね、と相槌をうちながら、その人だけの責任じゃないでしょ、と心の中で反論していた。     
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