春のひとひら

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 やけど、これでちったあ報われたような気がしとる。おれが九十年とちょっと生きて何もよかことはなかったばってん、これでいつ極楽へ行ってもよか。なんや凜香、そげな顔ばするな。じいちゃんなうれしかと。ほんに心ん底からうれしかつたい」 「おじいちゃん、ごめんね」 「なんや、なんでおまえが謝りようとか」  だまされちゃだめだよ、おじいちゃん。私は悔しさで胸がいっぱいになっていた。そのテレビ局の人も早く取材を切り上げて、次の現場に行きたいからそんな心にもない言葉をかけたんだよ。  だって地味だもん。戦艦大和みたいにどこかの海に沈められたわけでも、南方の前線で銃弾を何発も受けながら戦ったわけでも、特攻隊みたいに若いいのちを散らしたわけでもないんだから。おじいちゃんはただひたすら歩いただけじゃない。そんなの誰も求めてないんだよ。人がばたばた死んでいって、人を殺す苦しみも間近で感じて、血が目の前でどんどん噴出しているような、そんなのを求めてるんだよ。  みんなそんなのは嫌だ、嫌だって言ってるけど、本当は違うんだよ。みんな悲惨さを厭いながら、きっとどこか自分からは遠い、分かりやすい悲惨さを求めてる。  おじいちゃんみたいに心の奥底までのぞきこまなくちゃ分からない、しちめんどくさい悲惨さには興味ないんだよ。私だって……、今の今まで気づかなかった。本当にごめんね、おじいちゃん。何も気づいてあげられなくて。     
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