春のひとひら

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 そうひたすらに慰めたかった。でも、私にはできなかった。十年も前の淡い約束にすがっている。そんなおじいちゃんの唯一の希望の灯を消してしまうことを知っていたから。もうおじいちゃんのいのちもどこまでもつか分からない。新たな希望をその痩せこけた胸に宿すことはもう難しいだろう。  一九四五年八月十五日。その日に戦争が終わってしまったがためにもらえなかった恩給を今でも悔やんでいる。敗戦のあとにもらえる恩給なんてほんのわずかなものだろう。でもおじいちゃんにはそうじゃなかった。かたちあるものが何よりも欲しかったのだ。あと二か月戦争が続いていてくれれば、そう不謹慎な仮定をしてみたことすらあったかもしれない。そんなきわめて人間的な、見るにたえないあさましさがひどく愛おしかった。  自分のアパートへ帰り、机にうつ伏した私はあのときの場面をもう一度思い出していた。 「……凜香、ここにテレビに出たときの写真ば置いておこうね。おまえはちゃんと見とらんかったろうが。ゲームばっかりしとってから。じゃが、これでいつでんおれがテレビに出たつが分かるやろう。おれももう年ばとって長くなかけんな。遺言の代わりにもろとけ。一文にもならんばってん、ここにゃおれのすべてがつまっとるけんな」  おじいちゃんは言いたいことを言ってしまうと、一枚の写真だけを残して私の部屋から出て行った。     
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