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きた。いつもこうだ。なんだかんだといちゃもんをつけて、「自分の話」を聞かせようとする。ひまじゃないし。そう言おうとしたら、先に相手の口が動いていた。……負けた。これから少なくても一時間は話が続くだろう。
分かりきっていた。夕食後。この時間。お父さんやお母さんに聞いてもらえなくて、お兄ちゃんや弟は逃げてしまっていて、仕方なく私のところにきたのだ。
「それじゃ、おれが昔話でもしちゃろうかね」
おじいちゃんは床に墜落するように急降下して腰を下ろした。お気に入りのリラックマクッションがおじいちゃんの骨ばったお尻のせいでぐにゃりとつぶれた。
おじいちゃんが聞かせようとしているのは、桃太郎や一寸法師みたいな、むかしむかしあるところに……、みたいな口上で始まる痛快な話じゃない。小さいころから子守唄がわりに聞かせ続けられた話。おじいちゃんのする話は、近所の人の悪口をのぞけばたった一つしかなかった。そう。数十年前の戦争のこと。
「じいちゃんなここに行っとったったい」
おじいちゃんはそう言いながら地図を広げる。日本の地図じゃない。中国大陸が全面に描かれている。ここまできたら仕方ない。てこでもおじいちゃんはここから動かない。私はあきらめて、ゆっくりと冷たいフローリングの上に腰をすえる。
「おれたちは満洲で三年訓練ば受けた後、武漢まで下って、そこからさらに南下してから……」
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