春のひとひら

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 おじいちゃんの指が地図の上をなぞる。私の目がうるんだ。おじいちゃんの話が私の琴線を刺激したからじゃない。ただ単にあくびをこらえただけだ。どうやらもう退屈してきたらしい。それもそのはずだ。十年一日何も変わらずに同じ話を聞かされ続ければ誰だってこうなる。  しかもおじいちゃんの話ときたらまるっきり面白くないのだ。熟達した落語家の(はなし)や漫才師のネタは何度同じものを見ても面白い。そこに話術があり、的確なジェスチャーがあり、何よりも心情がこもっているからだろう。  おじいちゃんのする話にはからっきしその要素が備わっていなかった。どこか無機的で、事務的で味気ない。その代わり、数字や客観的な事実は過剰なほどに盛り込まれていて、まるで数学や、物理や、法学の講義を聞いているような気になる。おじいちゃんも話の中でちゃんと感情はあらわす。でも、その感情というのは怒りや憤りなんかがほとんどで、しかもそこには人の心に訴えかける詩情というものがすっかり抜け落ちていた。ただただ、たんたんと事実だけを述べる。自分がためこんでいる感情だけを吐き出す。独りよがりの極み。だからつまらない。  しかも戦争という話題が話題だけに、感じやすい私はいつも陰鬱な気持ちになってしまって、おじいちゃんの話を聞くのがいやになるのだ。     
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