春のひとひら

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「しかし、まァよか時代になったね。何より平和なんが一番たい。戦時中と思うてみい。男はみんな戦争にいかないかん。女はみんな国のために尽くさないかん。嫌とかおれはやらんとかそんなことは言えんとぜ。日本万歳、天皇陛下万歳。苦しゅうてもそう言いよかないかん。そうせな官憲にしょっぴかれてしまうけんな。  あんときのこつば思えば自衛隊なんか楽なもんよ。昔の兵隊さんと思うてみい。どんだけ苦労ばしてきたか。重い背嚢(はいのう)ば背負うて、鉄のかたびらばつけて、一抱えの銃をもって、朝も晩も歩き続けてなあ。汗のだらだら出る。のどが渇いても泣き言ひとつ言えんとぜ。文句ば言いよったら頬ばバシーンとやられてから。凜香(りんか)、おまえみたいに文句ばっかりたれよったら、すぐ上官に怒鳴らるる。なんばしようとかおのれは。誰のために歩きようとか分かっとうとか! 国のために歩きようとぞ!」  おじいちゃんは無駄に熱をこめて上官のまねをした。もちろん私はその上官に会ったことなんてない。だから似ているかどうかすらよく分からない。そしてこう言いたかった。そんなこと知らんし。今と昔じゃ時代が違うやろ。高校のときの友達で自衛官になった人がおったけど、その子も大変そうやったよ。でも、そんなこと言わない。よけいに怒られるのがわかりきっていたから。私が黙っているとおじいちゃんは汚い紙袋から一枚の写真を取り出した。     
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