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フェンスに背中を預けながら見下ろす景色は、特に絶景という訳ではない。
見渡す景色にこれといって特筆すべき事は何も無く、視界に入るものは校庭や並木など、普段歩いて見える景色と大した差はない。
それに加えて、ここは風が強く肌寒い上に、先生に見つかれば怒られる。
良いことなどひとつたりとも有りはしない。
下に小さく見える花壇の花は枯れていて、床一面に敷き詰められているレンガなどは、長く見ていると吸い込まれそうな感覚と同時に、遠近感を狂わされる。
こんな場所で僕が何よりも強く感じることは、「生」の実感と「死」の恐怖。
……いや、少し違う。
僕にとって「死」は恐怖ではなく、期待かもしれない。
人は死んだらどうなるのだろうか。
天国や地獄と呼ばれるような所に行くのだろうか。
それとも、すぐまた人間として生まれ変わるのだろうか。
少なくとも、今ここで僕が死んだとしても、誰かが悲しんだり、喜んだり、ましてや世界が滅んだりはしないだろう。
だけど、きっと「僕の中の世界」は終わるだろう。
僕だけが知っている、僕の視点から見た、僕だけが感じている「この世界」。
他の人には決して見ることのできない僕だけの世界は、僕が死ねばきっと無くなる。
考えても不毛な事ばかり。
時間の無駄だと言われればそれまでだが、ここに来ると、つい考えてしまう。
屋上は僕にとって、そういう不思議な場所だ。
僕は決して死にたいわけじゃない。
だけど、別に生きていたいわけでもない。
そんな事を思いながらも、この屋上に授業を抜け出してまで足繁く通っているのは何故だろう。
背後から扉の開く音がした。
授業が行われている今、立ち入り禁止の屋上に足を運ぶ人間は限られている。
僕を探しに来た教師か、或いはアウトローを気取った不良か。
どちらにしても興味がない僕は、振り向くこともせず、屋上から見下ろす景色をただ眺め続けた。
後ろから足音が少しずつ近づいてきたかと思うと、今度はフェンスをよじ登る音が聞こえる。
そして、フェンスの大きく軋む音と同時に、僕の視界に人が割り込んできた。
目の前の光景がまるでスローモーションのようにゆっくり動いている。
僕の視線は反射的に動くものを追い、地面へと落ちて行く女子生徒の後ろ姿を見つめていた。
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