3.つまりは、鶏と卵のパラドックスの追求

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3.つまりは、鶏と卵のパラドックスの追求

「ちょっと、話があるんだ」 中学生の時、昼休みに先生に呼ばれた。それは毎日の宿題で出す日記の内容についてだった。 「はい、先生なんですか?」 「君の日記なんだが……」 「はぁ」 「ちょっと、自分で読んでみてくれないか?」 それから、僕は昨日の日記を読んでみた。 『日記を書いたこと』 今日、日記を書きました。内容は日記を書いたことについてでした。つまり、僕は日記の中で日記を書いたことを書いているわけで、今日記を書いていると同時に、日記を書いたことの中の日記を書いているので、これはある種のパラドックスではないかと思いました。おわり 「……これが、何か?」 「いいかい?日記というのはね、その日にあった出来事を書くべきなんだ」 「でも、昨日、日記を書いた事は事実です」 「他に何か書くことは無かったのか?部活のこととか……」 「いや、昨日は特に何もなかったですね。本当に日記を書いたくらいです」 「……パラドックスの意味は知ってる?」 「たぶん」 担任の教師は、何かを諦めたようにため息を一つつくと、僕の宅習帳を差し出しながら言った。 「君の日記はね、実におもしろい。鶏が先か卵が先かという問題を実に巧妙に表してる。小説にすれば満点かもしれない」 「はぁ」 「で、も、ね、残念ながらここは日記を書くスペースなんだ。そこを勘違いしちゃいけない。だから今日の日記には、その反省文を書いて来なさい。いいね?」 「……わかりました」 そうして、僕はその日の日記に反省を書くことになってしまった。反省文なんて一体何を書けばいいのか分からなかったから、悩みに悩んだ末、ようやくその日の日記、あるいは反省文を書き上げた。その題名はこうだった。 『日記を書いたこと、を書いたこと』 翌日、怒られたのは言うまでもない。
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