6人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ 平和な魔王
神去りし世界。
人に仇なす魔物が蔓延り、魔王や竜と呼ばれる災いが蔓延する大地。
幾度の争乱を経て、人々はようやく穏やかな世界を手に入れつつあった。
それでも時折現れるその災いは、今なお人間達に恐怖を植え付けている。
辺境にあるフィル村。
ベルフコール王国にあるのどかで小さな村。
行商人の往来も少なく、けして豊かではないが、村人は自給自足で互いに助け合い、平和な日々を送っていた。
そんな時、村の側にある小さな廃城に魔王を名乗る者が住み着いた。
平和だったこの村もついに、魔王の力を思い知らされる事になったのである。
「ふはははは! 見たか俺の力を!」
村に続く林道を塞いでいた土砂や大きな岩を粉砕する者。
美しき女魔王ヴォルドゥーラ。
炎を生み出し操る、恐ろしい力を持つ魔王。
艶やかな長い金色の髪をなびかせ、胸元の開いた大胆な黒いドレスを身に纏っている。
その妖艶な姿からは想像もつかない豪快な力と言葉使い。
人間などこの絶大なる魔王の前には無力と言って良いだろう。
魔王がこの場所に住み着いてから幾度も討伐隊がやって来た。
だが人知を逸したヴォルドゥーラの力の前に手も足も出ず、未だフィル村の人間達は魔王の力に平伏しているのである。
「いや~助かりましたヴォルドゥーラさん! これでようやく帰れますよ」
「なに、この程度訳はない! そんな事より……ほれほれ!」
「わかってますって」
腰の低い行商人の男性がお礼を述べ、ヴォルドゥーラは手招きするように何を要求している。
行商人は笑顔で懐から紙幣を取り出しヴォルドゥーラに手渡した。
「おお~、こんな簡単な仕事ですまないな! 気を付けて帰れよ!」
謝礼の千オール紙幣三枚を受取り、上機嫌になるヴォルドゥーラ。
村に行商に来ていた商人は、林道が山崩れの影響で塞がれ、帰れなくなってしまっていた。
そこで、魔物討伐から馬の世話まで格安で請け負う事で有名な魔王にどうにかならないかと依頼したのだ。
本来この商人が金を払い魔王に依頼するのも筋違いなのだが……
村人は基本的に自給自足で食い繋げている。
村人にとっては林道が使えなくても全く困らないので、商人が代わりに依頼するしかなかったのだ。
荷馬車に乗った商人を見送ったヴォルドゥーラは紙幣を懐にしまい込み、笑みを浮かべたまま村に向かった。
魔王ヴォルドゥーラには配下が居ない。
たった一人、ロンリーである。
友達、もとい配下や臣下を手に入れるため世界征服を企んでいた。
手始めに自分の国を作るため、特に何もない小さな村を懐柔することを思い付き、首尾良く村人に取り入ったヴォルドゥーラはそれから早七年……
今日も元気に村の雑用に従事している。
ーーーーーーーーーー
村の人々が集まる食堂。
店主が趣味で始めたような小さな店がある。
客足も少なく、子供でさえ入って来て走り回るような敷居の低い場所。
そのカウンター席で牛乳を飲むヴォルドゥーラに冷めた目を向ける店主。
「ヴォルドゥーラさん……。いくらなんでも安請け合いし過ぎじゃねぇかな? 三千オールなんて都じゃ一食でほぼパーですよ?」
「そんなこと言ったって、あんな秒で片付く仕事で大金なんて貰えないだろう? 良いんだよ、俺の目的は名を売ることだ! この村にドンドン人が集まってドンドン開拓されて行けば……、その功績を称えられ、俺はここの村長、町長、王、神へと進化するだろう!」
店主は溜め息をつきながら忠告した。
ヴォルドゥーラは本来ならこんな小さな村など一瞬で支配出来るのだ。
それが村の内外問わず、あくせく働かせられている。
これでは村人の方が悪魔に見えるというものである。
対してヴォルドゥーラは牛乳を飲み干し、自身の完璧な計画を語る。
意地でもここから成り上がるつもりのようだ。
「こないだ林道を通る人を襲ってたコパルンを退治したのだって、無償で引き受けたんでしょ? そりゃいつも助かりますがね……。そんな力があるのに地道過ぎて見てられないんですよ」
「無償じゃねぇよ? 野菜山程もらったぞ? 第一だな、何事もコツコツと堅実に行うのが一番でな?」
もったいないと再度溜め息をつく店主。
されどヴォルドゥーラのもっとうは地道にコツコツと、急がば回れなのだ。
特に今の状況を憂いては居なかった。
変わらぬ押し問答が続く中、店の入り口から長い黒髪の活発そうな少女が入って来た。
その後ろからはオドオドとした気弱そうな少年も着いて来る。
「ヴォルドゥーラさんこんな所に居た! お城にも居ないし探したんだからね! 今日は私のお勉強とウェイブ君の剣術見てくれる約束でしょ!」
「こ、こんにちはヴォルドゥーラさん……」
「おお、セリアとウェイブか、悪いな。今日はこのあと傷薬用の薬草集めの依頼受けちまったんだわ。明日の朝に変更してくれ」
少女と少年に笑いながら謝るヴォルドゥーラ。
怒鳴り散らす少女に悪びれた様子も見せなかった。
黒髪の少女の名はセリア。
ヴォルドゥーラが七年前にこの村にやって来た当初からなついている恐いもの知らずの少女である。
物知りで何でもこなすヴォルドゥーラに付きまとっては、雑用の手伝いをしながら色々教わっていた。
少年の名はウェイブ。
小柄で気が弱く、セリアの後ろにいつもくっついている。
王国騎士になる夢を持ち、ヴォルドゥーラから剣術を習っている。
才能がない訳ではないがその気の弱さゆえに、たまに練習相手になっているセリアと実力は大して変わらない。
「むぅ~、こっちの依頼が先だよ~! 報酬前払いで昨日草むしり手伝ったじゃない! 私達十五歳になったら都に行って働くんだから! もう一年もないんだよ? 時間無いのに!」
「悪かったって……。大体お前なりたいもの変わり過ぎなんだよ。お花屋さんに始まり商人、狩人、旅芸人……、今は医者だっけ? 何の勉強見れば良いのか分かんねぇよ。昔から一貫して騎士になるって言ってるウェイブを見習ったらどうだ?」
大層な文句を言ってはいるが、セリアは気分屋で大変むらっ気がある。
花を見ては花屋に憧れ、旅芸人を見ては手品師に憧れる。
半年だって同じ夢を追い続けた試しがない。
ヴォルドゥーラが植物の育て方を教えても、数日後には『もうそれいいわ』と言い出すのが恒例であった。
「こんな小さな村で雑用ばっかりやって、それで国作るって言ってる人に言われたくないよ~」
「バカだな~、この村を中心に俺のヴォルドゥーラ帝国が広がって行くんだよ。小さな事からコツコツと……」
「コツコツ過ぎるからね。はぁ……まあ良いや、明日の朝にお城に行くから! ちゃんと起きててよね!」
セリアの皮肉に動じず、持論を語るヴォルドゥーラ。
言っても無駄だと理解しているセリアは諦め、新たな約束を強制的に取り付けた。
最初のコメントを投稿しよう!