8話  姫の婚約者

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8話  姫の婚約者

 応接間の入り口に待機していた騎士、ここまでセリア達を連れて来てくれた騎士が申し訳なさそうに部屋の様子を伺っていた。  止めようとはしてくれたようだ。 「こ、これはアザゼル皇子! 御訪問の日であったかな? 出迎えもせずに申し訳なかった……」  国王リンドブルムは立ち上り酷く慌てている。  どうやらこの男が件のアズデウス帝国の皇子のようだ。 「それはいいのですが……。どう言うことか説明して頂けますかな? 何の目的で魔王などと関わりを持とうとされているのか……」 「い、いや誤解ですぞアザゼル殿。先日魔王の支配から解放された村がありましてな。何年も掛かってしまった事で村人には苦労をさせた……。そこで今回は仕事をしたいと言う若者を募り城に招いたのだ。もうじき婚礼の儀であろう? メリュジーヌの世話掛りも足りて居らんのでな。」  威圧的なアザゼルにリンドブルムは咄嗟に言い繕った。  早口で多弁なのは性格なのだろう。無理はあるが道理は通っている。 「なるほど、王子の勘違いでしたか。これは早とちりを、申し訳ありません。さすがは慈愛の王リンドブルム陛下。寛大なそのお心、私も見習わなくてはなりませんな」  少し考えたような沈黙の後、上っ面な賛辞を述べる。  言葉こそ丁寧だが、絶えず見下したような笑みを浮かべるアザゼル。 「しかし……、身分卑しき下賎な者に姫の身の回りの世話をさせるなど、いささか問題があるのではないでしょうか?」  アザゼルはセリア達を横目で見ながら嘲った。  その目はまるで虫けらをみるように冷たい。  我慢の限界を迎えたセリアは笑顔で口を開く。 「これは皇子殿下、御初にお目にかかりますわ。ですが初対面の者への礼儀もなく、ノックもせずに部屋に入るのは問題ではないのでしょうか? 国王陛下を見習う? 無理ですわね。貴方様には一生到達出来ないと思いますわ」  笑顔で毒を吐き続けるセリア。立ち上がる事もせず、足まで組み始めた。  完全に相手を舐めた態度に顔を歪めるアザゼル。 「なんだと……」 「あ、これは大変失礼しましたわ。でも良かった、寛大な皇子様でなかったら処罰されていたところでしたわ~」 「チッ! 下女が……。どのみち残り半年足らずだ! 口の聞き方くらいは覚えてから田舎に帰るんだな! 私はこれで失礼させて頂く!」  爆発寸前のアザゼルに追い打ちまで仕掛けるセリア。  アザゼルは舌打ちをし、捨て台詞を吐きながら踵を返し、部屋から立ち去った。  その後、凍り付くかのように部屋が沈黙する。 (セリア……お前……) 「せ……セリアちゃんなんて事を……」  ヴォルドゥーラとウェイブはあまりの事態に驚愕した。  大国の皇子に対し、いきなり無礼を働いたのだ。  大事になってもおかしくはない。 「はぁ……、セリア殿。あまりアザゼル殿の不興を買ってくれるな……。しかしギーブルのヤツめ……、喋るなと言って置いたのに……」  気が抜けたように呟くリンドブルム。  少し気が空いたのか、怒ってはいないようだった。 「やっちまったわね……。あら?」  言葉とは裏腹に腰に手を当てて満足気なセリア。  ふとメリュジーヌを見るとその表情は少し綻んでいた。 「ふふ……あ、申し訳ありません……」  まるで天使のように愛らしいその微笑に釘付けになるセリアとウェイブ。  かなり余計事をしでかしたのは間違いないが、結果的にメリュジーヌの本音を垣間見れたのだ。 「やはり同年代の者が付いていると気が紛れるか……。セリア殿、アザゼル殿にああ言った手前という訳ではないのだが……。正式にメリュジーヌの相談相手を依頼出来ないだろうか? もちろん報酬は払おう」 「その依頼お引き受けしましたわ! ヴォルドゥーラさんとも相談して必ずや姫様の期待に沿うよう心掛けますわ!」  リンドブルムの依頼を二つ返事で引き受けたセリア。  メリュジーヌのこの笑顔を守るためなら、人攫いくらいはしそうな程に清々しく悪い笑みを浮かべている。 「ところでアホ皇子はこの国に滞在なされているのですか? 後半年足らずとも言っておりましたが?」  しれっと暴言を吐くセリア。もはや遠慮など皆無だった。  それを聞き流し、リンドブルムはまたも困ったように話し始める。 「滞在している訳ではないのだ……。我が国の跡継ぎであるギーブルの教育係りを買って出てくれてな……。勉学や武術を教える為に、ああして時々いらしているのだ……」 (この国もう駄目だろ! 完全に乗っ取りに掛かってるぞ。) 「文武両道で知られるアザゼル皇子の指導は有りがたいのだが……。目的はこの国を内側から支配する事と……。あと半年で十七になるメリュジーヌの監視だろうな……」 (そういえばベルフコールの女性は十七で結婚出来るらしいな。わざわざ他国の法に準ずるとは、可愛いところもあるじゃないか)  リンドブルムの語りに説明を入れていくヴォルドゥーラ。  つまり何か対策を練るなら、半年しか猶予はないという事である。 「ふむふむ、時間がないってことね。国王陛下……、姫様と二人きりでお話ししたいのですが……」 「うむ? では席を外そうか。私が居ては出来ぬ話しもあるのだろう。そうそう、ウェイブ殿は確か騎士志望と聞いたな……。クロム! ウェイブくんの適性を見てやってくれ」 「は! 直ちに!」  セリアの願いを聞き入れ、リンドブルムは先程から部屋の様子を伺っていた騎士を呼び指令を出した。  さっそくウェイブの騎士採用試験をしてくれるらしい。 「やったわねウェイブくん!」 「ええ!? あわわわわ……。そんな、いきなり……。心の準備ががが……」  自分の事のように喜ぶセリアだったが、まさかいきなりそんな話しを振られると思ってなかったウェイブは緊張で震えている。  セリアは固まるウェイブの背中を押し、騎士クロムに預けた。 「それでは姫様? お話しを伺いたく思いますわ」  セリアは改めてメリュジーヌの前に座る。  ウェイブ、リンドブルムは退席し、部屋に残っているのはセリアとピロ、そしてメリュジーヌのみ。 「単刀直入にお伺いします。アザゼル皇子とのご結婚は姫の本意なのですか?」 「先程も申し上げました……。わたくしはこの国の姫として、この国の為になる事を成したいと思います」  セリアは確認するように質問し、メリュジーヌは悲しそうな笑顔で返答する。  姫の本音は知られているにもかかわらず、あくまでこの姿勢を貫くようだ。 (何か手を考えるにしても、当の本人がそれで良いと言うのならどうする事も出来ないぞ?) 「まずは姫の本心を直接聞かなければ話しにならないってことね……」  ヴォルドゥーラの言う通り、勝手に話しを進めてはそれこそアザゼルと同じになってしまう。  セリアは意地でも本音を聞き出そうと会話を続けた。
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