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「こちらです。どうぞ」 タクシーを降りると、目的地だったその施設へと足を踏み入れた。もっと厳重な手続きが必要かと思ったが、そうでもないらしい。本人確認が終わると、すんなり奥の部屋へ通された。 用意されたパイプ椅子に座る。部屋には私の他に数人が同じようにパイプ椅子に座っており、いわゆる待合室のような状態になっている。 ───もうすぐ待ちに待った”その瞬間”が訪れる。 私の気分は暗く、重い。 遡ること、約一年。 あの日、私たち家族は姉に子どもがいた事を初めて知った。 それも、テレビのニュース番組で。 顔出しで、実名での報道。姉の名前の下に添えられた”容疑者”の三文字。 警察に連行される姉の姿は、まるで別人だった。 悲劇の当事者として紹介されたのは姉の一人娘。当時たったの三歳だった。 写真に残されたその笑顔は姉にそっくりで、日常的に暴力を振られていたようには全く見えなかった。 ───私は何も知らなかったのだ。 姉が家を出た時、既に彼女のお腹の中に命が宿っていた事も。 父親である彼と一緒に暮らし始めたものの、一年も経たずに離婚してしまった事も。 その後、姉の暮らすアパートの部屋から子どもの泣く声が頻繁に聞こえていた事も。 連行される姉の人相は、殺人鬼そのものだった。カメラを睨みつける目つき、ボサボサで傷んだ長い茶髪、よれよれの黒いスウェット。 その映像の中に、私のよく知る優しいお姉ちゃんはいなかった。 「──────さん。どうぞ」 名前を呼ばれた。いよいよその時が来るのだ。緊張で心臓が口から飛び出しそうだ。 灰色の分厚い扉の前まで案内される。この扉の向こうに、姉は待っている。 だが、そこにいるのは”お姉ちゃん”ではない。 そこにいるのは、幼い娘を殺したただの毒親。夫に捨てられた寂しさと育児疲れからのストレスで潰れてしまった女の成れの果て。 しかし、それは紛れもなく私の姉だ。 今日、私は四年ぶりに姉と再会する。 その為には、私が妬み、憧れ、追いかけ続けた”お姉ちゃん”とは別れなけれぱならない。 「さようなら、そして初めまして。私の大好きなお姉ちゃん……」 そっと息を大きく吸うと、私は厚い扉をゆっくりと開いた。
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