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骨と肉のラプソディ
ストリートを鼻歌まじりに歩いていたら、アイリッシュ・パブの前で酔いを覚ましていた男が声をかけてきた。
「姐さん、ご機嫌だね。仮装パーティーにでも行くのかい?」
四十歳すぎの真面目なオフィス・ワーカーといった風貌だけれど、今晩は羽目を外しすぎたといったところかしら。品の良いはずのスーツがよれて台無しになってる。残念ね、普段の真面目な顔ならあたしの好みだったと思うのに。
それでも愛想良く笑って応えたのは、今日はとびきり機嫌が良かったから。
「マンハッタン中がハロウィーン・パーティーの真っ最中なのよ。浮かれたくもなるわ」
「浮かれて悪魔の仮装をしてみたってとこかい?」
あたしは笑って背中の羽根を揺らしてみせる。漆黒の翼を生やしたあたしは黒い天使か悪魔にしか見えないわね。
彼は朗らかに笑いながら手を振った。
「本物の悪魔にさらわれないように気を付けろよ!」
「おにいさんも、冷えすぎないようにね」
そしてあたしは再び前を向いて歩き出す。マンハッタンに夜はないと言うけれど、そびえる摩天楼が深い影を落とし、眩い電飾の届かない場所には闇が根を張って棲み着いている。光と影の交差する道をわたりながら、あたしはうきうきとアパートに戻っていく。
冷えた空気の流れに乗って、魔女にゾンビに宇宙人、めいめいに仮装した人々が通りをゆっくりと流れている、この空気が大好き。一年で今夜だけは、心の底から解放された気分になれる。
ハロウィーンの晩、地獄の蓋が開いて魔物たちが野に放たれると伝説はいう。それが本当かどうかは知らないけど、伝説を伝えてくれた人たちに感謝のハグをしてあげたい。だって、そのお陰であたしみたいな異形のモノが今晩だけは人目を憚らず町を闊歩できるのだもの。
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