第五章

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ホテルから歩いて5分足らずのカラオケ屋に入った。 …ここでも2人で邪魔なくのんびりできる気がす るんだけど。 「おまえ、何か歌えよ。」 「やだ。野田さんの前では歌いたくない。」 「笑わねーから。」 「失礼ね。笑われるほど下手じゃないわよ。」 「なら歌えよ。」 「……」 しまった。 本当はそんなに得意じゃない。 でも、先に歌った方が楽かな? そうは言っても、最近の歌が分からない。 この歌は知ってる…けど、雅樹が好きだったからイヤだ。 これも知ってるけど…寛武がよく歌ってたからイヤだ。 …何だか、どれも思い出にリンクしてしまって、イヤだ。 あたしが何となく沈んでしまってると、野田さんは歌本をめくって。 「最近練習してないから、ここで発声練習しとくか。」 なんて言って、番号をリモコンで打ち込んだ。 「ライヴで歌う歌?」 「いや、やらねーな。」 「ふうん…誰の歌?」 「外人。」 「……」 まあ、いいわ。 どうせ聞いても分からない。 野田さんが入れた歌は、ハードなのかと思ったら…とてもしんみりとしたバラード。 …いきなり、こんな歌? 「やっぱ立って歌わねーとな。」 野田さんの声は…太くて、適度にしゃがれてて…もっと迫力ある歌の方が似合う気がする。 だけど…なんだろう。 サビにきて、涙が出てしまった。 自然と。 泣いてるの、バレたくない。 だけど、絶対バレてる。 顔を見せたくない。 あたしが膝に肘をついて両手で顔を隠してると、野田さんは歌いながらあたしの頭をくしゃくしゃっとして… 間奏の間にあたしの腕を無理やりとって…キスをした。 「いいじゃん。泣きたいときゃ泣くのが一番。」 この男、本当に…腹が立つ。 腹が立つけど… …愛しくてたまらない。
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