第六章

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「久しぶり~。」 「今日、どこ泊まるの?」 「仕事、有休取ってきちゃった。」 「明日、何時の新幹線?」 野田さんのバンドの前になると、そんな声が色んな所から聞こえてきた。 県外から、仕事を休んでまで見に来てる? 少しだけ、ドキドキしてしまった。 あたしは… あたしは、とんでもない人と寝てる? 照明が暗くなって、ステージの幕があいた。 途端に湧き上がる歓声。 そして、あたしの知らない野田さんが…ステージの中央に走り出てきた。 「すごかったでしょ。」 「…そうだね。」 ライヴハウスの向い側のビルの二階にあるカフェ。 あたしと今日子ちゃんは、ライヴの後でお茶をしている。 ライヴハウスの入り口を見下ろしていると、『出待ち』と呼ばれる女の子達が群れを成していた。 「コーシローから告白されたんだ。」 「え?」 「彼女になってくれって。今日のライヴの後で、返事聞かせてくれって。」 「いいの?こんなとこにいて…返事は?」 「…まだ悩んでる…」 告白。 羨ましい気がした。 好きと言われる事が。 愛しいと思われる事が。 「今日のライヴ見たって、コーシロー人気者だし…どうしてあたし?って思ったりしちゃうし…」 あたしも似たような事を思っていた。 あたしが、あとくされのない既婚者だと野田さんの勘違いがあるだけで… もしそれがなかったら? あたしと野田さんは、こんな関係にはなってない。 どうしてあたしなの? その答えは、既婚者だから。
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