第十章

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「明日は何時に終わる?」 こうして野田さんは、また部屋に来るようになった。 だけど、カギは渡していない。 いつ終わってもいいように…と、あたしが思っているように思わせたいからだ。 「どうして?」 「やっぱ忘れてたか。」 「…何かあったっけ。」 「ライヴだよ。」 そういえば、本家バンドのライヴがあるんだった。 色んな騒動ですっかり忘れてしまってた。 CDは何回も聴いたけれど、生で観るのは初めてだ。 「来いよ。」 野田さんがあたしの腰に手を回す。 「うん。」 重なる唇。 野田さんのキスが好き。 だけど…ときめき方が変わった気がする。 仕方ない。 あたしは、純粋な気持ちをなくしてしまっているのだから。 翌日、仕事は恐ろしいほど暇だった。 この店もそろそろ潮時かもしれない。 他の店を探そうか。 そんな事を考えてると… 「よ。」 突然、園が現れた。 「…いらっしゃいませ。」 「暇そうだな。」 「残念ながら。」 「今日、何時まで?」 園は、そばにあったバラに触りながら言った。 「…5時まで。」 「その後、何かあるか?」 「あるわ。」 「なるほど…今日ライヴだったな。ヨリ、戻したのか?」 小さくため息をつく。 「ただのケンカだと思ってたって言われたけど…でも戻る場所は奥さんって決めてるみたいだから。あたしの気持ち次第なのよね…結局は。」 店の前を通る車を見ながらそう言うと、園は少し間を空けて小さく笑った。 「俺なら、いつまでも待つぜ。」 ゆっくり、園を見る。 「俺も決めてる。もう結婚とか本当はこりごりだけど。するなら相手は朝子だって。だから、今はそいつと付き合ってようがどうしようが、別にいいさ。」 園は…よく分からない人だ。 遊び人だと思う事もあった し、意外と真面目な一面を見て心の拠り所にできる人だと感じた事もあった。 「…本気で言ってるの?」 「冗談でこんな事言えるパワーはねえな。」 夕べ、野田さんに抱かれて、野田さんの愛を感じた。 だけど今、園の言葉にも愛を感じる。 正直、野田さんが奥さんの元に戻るなら…あたしに園が居てもいいじゃないか。なんて気持ちもなくはない。 亮太がいた時のように。 あたしが今手に入れたい物は何なんだろう。 野田さん?確かな愛? それとも…妻という座?
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