第十章

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仕事が終わって帰宅すると、急いでシャワーを浴びて支度をした。 野田さんから買ったチケットの裏に書いてある地図を見ながら、ライヴハウスに向かった。 帰り間際に、園が『俺も行こうかな』って言ってたけど… 本当に来るのかしら… 思いのほか、お客さんが多くてビックリする。 椅子はないから立ちっぱなし。 前の方は、元気な人達で埋め尽くされそうだ。 あたしはいつも通り、この辺にいよう。 入り口に近い位置で、開演を待つ。 照明が消えて、客席のボルテージが一気に上がる。 ドラムの音と共に、幕が開いた。 CDを聴いていたから…っていうのもあったけど。 今まで見た数少ないライヴの中で、一番カッコいい野田さんだった。 座って歌う洋楽のコピーじゃない。 仲間と楽しむお遊びのバンドでもない。 誰かのヘルプでもない。 野田さんだった。 夕べ、あたしの中で何度も果てた男。 歌う野田さんはセクシーだ。 見ているだけで、早く抱かれたくなった。 「も~、最高だったね~。」 相変わらず、野田さんのファンは県外からも駆けつけているようだ。 この後、どこのホテルに戻るとか、新幹線が何時とか、そんな会話が飛び交っている。 あたしはその人達の間を抜けながら、ライヴハウスの外に出た。 「あ、すいませ…」 外に出てすぐ、人にぶつかった。 …見たことのある顔だった。 「いいえ、こちらこそ。よく見てなかったので。」 …野田さんの、奥さんだ。 つい固まってしまってると。 「朝子さんて、あなた?」 低い声で問いかけられた。 「…はい。」 「野田の妻です。主人がいつもお世話になってるようで。」 「……」 奥さんの目は、あたしをしっかり捉えて離さない。 あたしもまた…奥さんの目をじっと見つめた。 何やってんの。野田さん。 バレてるんじゃない。
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