第十章

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「あいつと別れた?ほんとかよ。」 目の前で、園が嬉しそうな顔をした。 野田さんに別れを告げて二ヶ月。 あたしは、だんだんと自分を取り戻してきた。 どこかを自転車で走っているであろう野田さんの姿も、探す事はなくなった。 …音楽雑誌もチェックしない。 「本当よ。」 久しぶりに現れた園。 くしくもそれは、あたしが花屋を辞める日だった。 「じゃ、これからは堂々と会えるし、結婚前提に考えてくれるわけだ?」 「園。」 「ん?」 「あたし、もうあなたとも会わない。」 「…どうして。」 「実家に帰ろうと思うの。」 「元旦那も居るんじゃねーのかよ。」 「いるけど、彼は今弟のものだし関係ないわ。」 不思議なほど、雅樹の事も寛武の事も、どうでも良くなっていた。 守ろうと思う気持ちを強くすれば、どれもが呆気ないほど小さい事に思えた。 あたしには、守りたいものがある。 「俺を、待ってなかったのか?」 園は少しだけ寂しそうな目。 「待ってたわ。彼の中にあなたを見た事もあったと思う。あなたの手を…握れば楽になるかもしれない。」 園は腕組みをして、あたしの言葉を聞いてくれてる。 「だけど…決めたの。」 「何を。」 「誰とも結婚しないって。」 最後の仕事を終えて帰ると、あたしは荷造りを始めた。 必要な物だけを持って、この街を出よう。 もう、ここには戻らない。 園には悪いけど、嘘をついてしまった。 実家になんて…戻るわけがない。 母に辛い思い出を蘇らせるのも嫌だし… 何より、あの家にあたしが戻ると、雅樹はあたしを好きになる。 以前花屋を訪ねて来た時に感じた。 雅樹は寛武に疲れているんだと。 だけど、寛武を選んだのは雅樹。 世間の風が冷たい事を知っていながら、実家で一緒に生活もしている。 そんな度胸があったんだ。 これからも頑張って欲しい。 野田さんのバンドのCDを手にする。 …もう、思い出。 あたしはCDを床に置くと、部屋を出た。 さよなら。 この街。 あたしはバスに乗った。 知り合いがいるわけでも、何でもない。 ただ、知らない場所に行きたかった。 そこで、あたしの生活が始まる。 一から。 いいえ。 ゼロから。
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