第十一章

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「朝子。」 ビクッとした。 つい、立ち止まってしまった。 その声は、大好きな声だった。 何度も耳元で愛してると言ってくれて、何度も名前を呼んでくれた。 目の前にいる野田さんから、あたしは目が離せなくなった。 「やっぱり。」 「……お久しぶり。」 野田さんは以前よりもっと痩せて、 金髪で…まるで外国人アーティストのようだった。 「えっ…沢田さん…し、知り合い?」 青木君があたしと野田さんを交互に見る。 「よく知ってるよな。」 野田さんはサングラスを外すとあたしに近付いて。 「ひでー女だな。黙っていなくなるなんて。」 ゾクゾクするような声で言った。 あたしは野田さんの目を見ていた。 冷たい目。 「…ひどいのはお互い様でしょ。」 あたしはうつむきながら、小さく笑って言ってみせる。 「…ま、そうだな。」 野田さんもうつむいて笑いかけて…その笑いが止まった。 「朝子。」 ふいに腕を取られる。 あたしの手から落ちる発泡スチロール。 「おまえ…」 野田さんは、あたしのお腹を見て絶句した。 ダメよ。 あたし。 動揺しないで。 「そういうわけなんで、手を離してもらえます?」 軽く息を吸い込んで、それからハッキリとした口調でそう言うと。 野田さんは、あたしの顔とお腹を交互に見て。 「…結婚したのか?」 つぶやいた。 「…そうよ。」 「あいつとか。」 「ええ。」 「……」 早く離して。 この手を。 「野田ー。そろそろリハの…あれ…何、この空気。」 タイミング良く、バンドメンバーが現れた。 だけど、あたしと野田さん、困ってる青木君を見て。 「楽しそうじゃん~。」 笑った。 「……行くぞ。」 野田さんが、あたしの手を離してエレベーターに向かった。 ……良かった。 忘れて。 忘れるのよ。 「さ、沢田さん、大丈夫っすか…?」 青木君が発泡スチロールを拾いながら、あたしの顔をのぞきこんだ。 「…大丈夫よ。帰りましょ。」 車に乗り込む。 ルームミラーに、まだエレベーターに乗らず、こっちを見てる野田さんが居る事に気付きながら。
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