第十一章

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「待ちなさい。」 野田さんの奥さんが、あたしを追って来た。 「…何ですか。」 「野田の子供なの?」 「…あたしの子供です。」 「婚約者とはどうなったの。」 「あなたには関係ありません。」 「関係ない?あなた、私が何も知らないとでも思ってるの?自分を愛してくれる人と一緒にいただけですって?不倫はね、犯罪よ。」 「……」 「自分達が愛し合っていれば周りは関係なくなる。不倫て怖いわ。ある意味麻薬みたいなものよね。でも、その裏で苦しみ続ける人間がいるのよ。」 あたしはその言葉を噛みしめていた。 寛武に雅樹を取られた時、味わった屈辱。 あたしはそれを他人にも味あわせた。 この人だけじゃない。 亮太の妻にも。 「自分の子、ね。不倫の証って事ね。その子供は一生不倫の子として生きなきゃいけないのよ。母親の勝手なエゴで。なんてかわいそうなのかしら。」 奥さんは言葉を止めなかった。 野田さんと居た時にあたしが溜め込んでいた想いよりもずっと、この人の方が多くを抱えていたに違いない。 「私がどれだけ気持ちを押し殺して…野田があなたの所へ行くのを見送っていたと思う?」 「…なぜ、言わなかったんですか?」 「…なんですって?」 「なぜ、行かないでってすがりつかなかったんですか?」 「…あなたには分からない、妻のプライドよ。」 「そんなプライドがあるから、胡坐をかかれていたのでは?」 「…!!」 頬に、奥さんの手が鳴った。 「私が…私がどれだけ…!!」 奥さんは、そこから言葉を出すことができなかった。 興奮して、過呼吸になって…その場に崩れ落ちた。 店先でそれを見ていた青木君が救急車を呼んでくれた。 あたしはそれを、重い気持ちで眺めているだけだった。 店長から、何があったとしても辞めないで欲しい。と言ってもらえた。 だけどあの店が好きだったからこそ…あたしは、辞める事を変えなかった。 野田さんの奥さんが目の前で倒れて… あたしは、自分が流産した時の事を思いだした。 亮太が憎かった。 なのに一緒にいた。 ぬるま湯のような…幸せとは言えなくても、あたしを必要だと言ってくれる亮太から、離れられずにいた。
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