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「沢田さん、お客さんよ。」
山中さんにそう言われて、店先に顔を出すと…
「……」
こちらに背中を向けた、金髪。
「…野田さん…」
あたしが小さく声を掛けると、野田さんはゆっくり振り返って
「…元嫁から、話を聞いて。」
寂しそうに笑った。
青木君の小さな悲鳴を背中に受けながら、あたしは店長に時間をもらって外に出た。
少し歩いた場所にある川沿いの公園。
野田さんとベンチに座ると
「…連絡をくれなかったって事は…望みはないんだよな?」
小さくつぶやいた。
「……」
「この前逢った時、おまえの姿見て…結婚したんだと思ったら狂いそうになった。」
「……」
「今思えば、何であんなへったくそな演技に騙されたかな…」
「…失礼ね。」
「ツアーから帰ったら、あいつが来たんだ。」
「…え?」
「朝子の居場所を知らないかってさ。やられた。って思ったね。」
「……」
野田さんは小さな石を川に投げて、広がる波の模様をしばらく眺めていた。
「朝子の言ったことが嘘だと分かって、嬉しかった。でも…その後で、元嫁から連絡先を教えたって言われて…」
「……」
「連絡がないって事は…もう、俺たちをつなぐものはないんだと思った。」
「…野田さん。」
あたしはお腹を触りながら、深呼吸する。
「ん?」
「野田さんて…ハルキさんっていうのね。」
「…え?」
「あたし、何にのぼせあがってたのかな。野田さんの下の名前も知らなかったって、あり得ないよね。」
「………」
野田さんは呆れた顔をして、『マジかよ』って足元を見た。
「陽が上る頃に生まれたから陽生。朝生まれた朝子みたいだろ。」
「…ふふっ。」
「…あはは。」
しばらく二人で笑った。
そこには、以前のような熱い何かはなかった。
野田さん。
あたし、あなたが大好きだった。
お互い傷付け合いすぎたね…
ごめん。
どうか。
あなたは、あなたの夢を。
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