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男が目を醒ますと、見知らぬ場所に立っていた。何処かの、誰かの、見知らぬ部屋だ。
またか、と男は思っている。辺りを見回す。どうやらここはワンルームのアパートらしい。
「やあ、見ない顔だね」
不意に声を掛けられて、男は咄嗟に声の方へと振り向いた。炊事場からだろうか。しかし何処にも人の姿は無い。
「お兄さん、『夢遊者』かい?」
二言目の声で漸く男はその主を見付ける。声の主はシンクに備え付けられていた『給湯器』だった。
「ええ、そうなんですよ」
男は喋る給湯器に疑問を持っていない。日常的な言葉を返している。
「そっかー」と給湯器は笑いながら言った。「最近“居眠り”が多いからね」
「全くです。“都市”の“居眠り”にも困ったものだ」
「家のご主人も眠りながらどっか行っちゃったんだよー」
また別の声。今度は給湯器の隣の『電気ポット』が喋っていた。
「そうなんですか。その方も、すぐに戻って来られると良いんですが……」
その後数分話した後、男は給湯器からこの家の住所を聞き出してスマートフォンで場所を調べた。
「此処がお兄さんの家?」と給湯器。
「はい、そうです」と男。この家から出て徒歩二分程度の場所に駅があり、その駅から二駅先に自宅のピンが落ちていた。
「ココ、駅近で良いでしょー」とポットがはしゃぐ。
「ええ、便利ですね。この家のご主人も、駅の近くに夢遊移動されていれば、すぐに戻ってこれそうだ」
「そうだよねー!」 ポットは元気いっぱいだ。
「では、お邪魔しました」と二人に告げると、男はアパートを後にした。
全く、男は駅の前で溜息を吐いた。これから自分の世界に戻る為にまた眠らないといけない。
ふと、男は気配を感じて振り返る。視線の先のベンチに冷蔵庫が座っていた。
「……」
男は軽く会釈し、駅へと急いだ。
「家電が人間ってのは『我ながら』面白い世界だな」
都市の覚醒を確認して男は再び眠る為に瞼を閉じながら、ゆっくりと、意識を落として行く。
今日も都市は眠らない。夢を夢のまま終わらせる為に――
ただ、たまに居眠りしてしまうのが欠点だが。
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