第一話 -雪割草-

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   *** 「もうすぐ完成なんだね」  ドアの開閉音に向かって声をかけると、父さんは片手に絵の具の入った袋を抱えて部屋に入ってきた。 「あ、絵の具足りなくなったの?」 「ああ、最後の仕上げにはいろうと思ったら、肝心の白色が足りなくなっててな。慌てて買いに行ったんだ」 「そうだったんだ」  キャンバスを見つめていた僕の隣まで来て、父さんは少し笑みを浮かべる。 「どうだ。なかなかいい感じになってきたと思わないか?」 「そう…だね。いいんじゃない」  僕自身に絵心があるのかどうかは微妙なところだけど、この絵は好きだなあと僕も思う。  真っ白なのに、やけに暖かな感じがする冬の北海道。 「今回の作品はかなりイメージ通りに仕上がりそうだよ。たぶん、あと、一週間くらいで完成だな。そうしたら、今度はもっと暖かい所へ行こう」 「暖かい所?」 「ああ。次は南の春の風景を描こうと思っているんだ。九州か四国あたりで」 「ふーん」 「だから雪が止んで春が来たら、この寒い地方ともさよならだぞ、(すすむ)」 「…………」 「晋?」 「……あ、うん。わかった。次は南なんだね」  雪が止んで春が来たら。この寒い地方ともさよなら。  僕はわざと何でもないふうを装って、部屋を出た。  別にいつものことだった。  父さんは、旅をしながら日本中の風景画を描いているんだから。  ひとつの所に半年も居たことなんかないのは、いつものことなんだから。
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