8人が本棚に入れています
本棚に追加
***
「もうすぐ完成なんだね」
ドアの開閉音に向かって声をかけると、父さんは片手に絵の具の入った袋を抱えて部屋に入ってきた。
「あ、絵の具足りなくなったの?」
「ああ、最後の仕上げにはいろうと思ったら、肝心の白色が足りなくなっててな。慌てて買いに行ったんだ」
「そうだったんだ」
キャンバスを見つめていた僕の隣まで来て、父さんは少し笑みを浮かべる。
「どうだ。なかなかいい感じになってきたと思わないか?」
「そう…だね。いいんじゃない」
僕自身に絵心があるのかどうかは微妙なところだけど、この絵は好きだなあと僕も思う。
真っ白なのに、やけに暖かな感じがする冬の北海道。
「今回の作品はかなりイメージ通りに仕上がりそうだよ。たぶん、あと、一週間くらいで完成だな。そうしたら、今度はもっと暖かい所へ行こう」
「暖かい所?」
「ああ。次は南の春の風景を描こうと思っているんだ。九州か四国あたりで」
「ふーん」
「だから雪が止んで春が来たら、この寒い地方ともさよならだぞ、晋」
「…………」
「晋?」
「……あ、うん。わかった。次は南なんだね」
雪が止んで春が来たら。この寒い地方ともさよなら。
僕はわざと何でもないふうを装って、部屋を出た。
別にいつものことだった。
父さんは、旅をしながら日本中の風景画を描いているんだから。
ひとつの所に半年も居たことなんかないのは、いつものことなんだから。
最初のコメントを投稿しよう!