序章 -勿忘草-

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「あ……」 「もう、手遅れなんだよ。さっきまではそれでも少しは暖かかったんだけどな」 「し……死んじゃったんだ」 「ああ、たった今」  僕はぺたんと地面に座りこんだ。  少年は抱き上げていた猫を再び地面におろし、背中をそっと撫で上げる。 「どんどん身体が冷たくなっていく。苦しかったろうな」  そう言って唇を噛む少年の横顔は、涙など流していないのに何故か泣いているように見えた。 「君が飼ってた猫?」 「いいや。オレん家は猫を飼えるほど裕福じゃねえからな。こいつは野良だよ。一ヶ月くらい前にふらっと現れたんだ。魚屋の店先で煮干しをもらってるのを見たことがある」 「野良猫……なんだ」  見ると、確かにその猫は首輪も鈴も付けてはいなかった。 「こいつ、さっき、そこの道路で車に轢かれたんだ。すげえ急ブレーキの音がしたから何かと思って走っていったら、こいつが道路の真ん中で血まみれになっててさ」 「車は?」 「逃げてく車が一台あった。とっさに石を投げつけてやったんだが、それちまって。そのまま行っちまった」 「…………」 「悔しかったろうな。こいつ。こんなあっさりやられちまって……悔しかったろうな」  可哀相でもなく、気の毒でもなく、悔しい。  本当に、そうとしか言いようのないような悔しげな表情で、少年はじっと猫の死体を睨みつけている。でも、その表情は不思議とこの少年にとても似合って見えた。
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