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ゲンキは夢の中で目覚めると、起き上がって周りの景色を確かめた。
小学生の頃に住んでいた都島のマンション、自室のベッドの上。そこは入眠の際に最初にイメージする場所だった。どうやら、無事にノンレム睡眠に入れたようだ。
だが、いつもより時間がかかったような気がした。部屋の壁には大きな丸時計が掛けられているが、夢の中の時計はあてにはならない。結局、自分の勘だけが頼りだ。
ゲンキは急いで部屋を出るとリビングへと向かった。リビングのソファーには、小さなダックスフントのぬいぐるみが置いてあった。
「おい、ゲンキ!来るのが遅いぞ!」
ぬいぐるみがゲンキに話しかける。
「分かってるよ、ネシム。ちょっと気が散っただけだよ。こっから追いつくから」
鬱陶しそうにゲンキが言い返す。ネシムとは子供の頃に持っていたぬいぐるみの名前だが、ノンレム睡眠中のゲンキのアドバイザーでもあった。もっとも、アドバイザーと言っても無意識という自分の一部分なのだが。
「あのことは忘れて、今は競技に集中しろ。優勝さえすれば何の心配もない」
ネシムが無表情のまま言った。あのこととは、もちろんミサトへのプロポーズのことだ。
「大丈夫だって!ちゃんと集中してるって!」
けれども、ネシムの言う通り、心の何処かでプロポーズのことが引っかかっていた。
もしかしたら、優勝してもミサトはゲンキの求婚を受けてくれないかもしれない。そんな不安が頭の隅から離れないのだ。
“私もいるよ、好きな人・・・”
マドリード入りした夜にミサトから聞いた言葉がきっかけだった。調整終わりに二人で食事している時に何故か恋愛の話題になってしまったのだ。どちらから振ったのかは思い出せないが、“好きな人がいる”と暗に匂わせたゲンキに、ミサトはそう切り返してきた。
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