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「ゲン君、遅かったじゃない?何かトラブル?」
エレベーターの扉が開くやいなや、ミサトが心配そうに声をかけてきた。どうやら、ミサトはずいぶんと前に地下120階に着いていたようだった。
「ミサトさん、ごめんなさい。試合前に水を飲み過ぎたみたいで・・・」
適当な言い訳で誤魔化すゲンキ。
「もう、大事な時に何してんのよ!とにかくこっからが勝負だから、ノンレム滞在記録作れるよう頑張ろ!」
そう言ってミサトは、ゲンキの手を取り部屋の中央へと向かった。広い和室の真ん中には立派な囲炉裏が設けられている。そこはノンレム滞在用の場所として、長年の練習を通じて二人がイマジネーションで磨き上げた空間だった。
囲炉裏の前に腰掛けると、今度はゲンキがミサトの両手をぐっと握り返した。火にくべられた薪がぱちぱちと心地よい音を立てている。
「ミサトさん、今日はボクがリードします、任せてください!」
いつになく気合いの入ったゲンキの言葉にミサトが思わず吹き出す。
「何?カッコつけちゃって。今日のゲン君、なんか変だよ」
ひとしきり笑った後で、ミサトが優しく微笑む。
「オーケー、じゃあ、今日はゲン君がリードして」
ミサトがゲンキの手を握ったまま目を閉じる。その顔をしばし見つめた後でゲンキも目を閉じた。
意識を集中して、夜空を埋め尽くす満点の星々のイメージを頭に思い浮かべていく。
「わー、きれい!これ、どこの星空?」
ゲンキの描くイメージが伝わり、ミサトが感嘆の声をあげる。どうやら同調は成功しているようだ。
「長野県の阿智村です。子供の頃に家族で行ったんです」
「ほんとー?今もまだ、これ位きれいかな?日本に戻ったら行ってみたいなー」
〝ボクもミサトさんと行きたいです”
言いかけて、ゲンキは言葉をのんだ。今は競技に集中しなくては。
ミサトとの同調を確かめながら、ゲンキは星空のイメージをより鮮明にしていく。
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