からっぽ

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「じゃあね」  告げるその声は、いつも聞いていた彼女の明るい調子を装っていた。 そう、装っていたのだ。 その内に秘められた悲壮が、俺の耳にははっきりと届いている。 だが、それはきっと俺がそう思いたいだけ。 愛だの恋だの、運命だの永遠だのと恥ずかしい勘違いをしていた頃の特別な感情は、互いの内からとっくに消え失せてしまったのだ。 彼女が申し訳なさそうにしているのは、俺がそう考えてることを理解しているからだ。 言葉にせずとも、その程度のことが簡単に分かってしまうくらいには、俺達は互いを大切に思っていた筈だった。 勿論、今だってそう。少なくとも、俺は。  どちらが悪いなんてことは、多分ない。 きっと、少しずつ変わっていったんだと思う。 彼女も、勿論俺も。 すれ違いや食い違いがあったわけじゃない。 少しずつ、歩いていく方向が変わっただけ。 はじめは僅かな角度の違いでも、先にいけば行くほどにその距離は離れていく。 もう少し早く気付いていれば、何か変わっただろうか。 そんなことを未だ考えてしまっている自分がいて、思わず溜め息を吐いた。 「ああ、それじゃ」  長い長い沈黙のあと、ようやく絞り出した言葉はなんの感情も孕んでいなかった。 こんな声も出せるのかと自分自身でも驚くほどに。
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