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「ダルド様、カエデにも乱れが生じているようです」
右術士のアジャンが賢術士ダルドにカエデの葉を手渡す。
ダルドは目を凝らし、葉脈を読み取ると落ち着いた口調で告げた。
「昨日よりも乱れが大きくなっておる」
ダルドの言葉にアジャンが不安そうな顔になる。その目は怯えた少年のようだ。だが、アジャンが怯えるのも無理はない。ここアニルの森で、これほどまでに調和が乱れることは初めてのことだった。
時に一時的な乱れはおこっても、直ぐにその乱れは整えられてきた。そのために賢術士がいるのであり、乱れを整え調和を保つことこそが彼等の役目だった。
けれども、今回の乱れはもう四日も続いていた。しかも、日を追うごとにそれは大きくなりつつある。このまま乱れが大きくなっていくと、森や村に予期せぬ悪影響が出るかもしれない。急いで手を打つ必要があったが、乱れの所以は未だ掴めてはいなかった。
アジャンを励ますように微笑むと、ダルドは人差し指を立て風の流れを調べてみた。西からの生暖かい風がダルドの指に吹き付ける。
「強い鉄の香りが含まれている。ドートの街からだ。彼等が火を使い過ぎているのかもしれん」
ダルドは西の方角を見つめた。この村からドートまでは遠く、街の姿を肉眼で見ることは出来ない。ダルドは目を閉じると心の眼で街の様子を探った。
街中に鍛冶の音が鳴り響いていた。職人たちは取り憑かれたように火で鉄を磨きあげている。次々と作られていく農具、工具、そして武器・・・。狂気をも感じさせる街の興奮が燃えさかる熱気のようにダルドに迫ってくる。
ダルドは視ることを止め、目を開いた。
「やはりドートでは多くの火を使っておるようだ。森の調和が乱れているのも、ドートからの流れこむ風のせいもしれない。だが、焦って決めつけてはならぬ。もう少しだけ様子をみるとしよう」
アジャンに言い聞かせるかのように呟くと、ダルドはゆっくりと小屋へ引き返し始めた。
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