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「ダルド様、ドートのバイル様のもとへお伺いする話ですが・・・」
食事を終えたロコドが、不意にダルドに話を振ってきた。
「ロコド、その話だが、もう少し様子を見んか。今朝もアジャンと森を見てきたが、木々の乱れがどんどん大きくなってきている。先ずはその所以を見つけださんと・・・」
だが、ロコドは毅然とした様子で答える。
「ドートに乱れの所以があるかもしれません。ダルド様をもってしても、所以が分からないというのなら、いっそバイル様にうかがってみた方がよろしいのではないでしょうか?」
その青く澄んだ目は真剣だった。
ダルドはゆっくりと頷いた。確かにロコドの問いかけは間違ってはいない。
バイルはドートの賢術士だ。ドートの街の調和については彼が一番分かっている筈だ。ロコドの言う通り、今回のアニルの乱れについても何か手がかりを持っているかもしれない。
バイルからの便りが届いたのは一昨日の朝のことだった。それは小屋の前のケヤキに鉄の矢尻で打ち付けられていた。
『森の賢術士ダルド殿 ドートの街より貴方に言付けがあり。使いの者をよこされよ』
賢術士が便りを交わすこと自体が珍しい。しかも、それが森と街の賢術士同士となると尚更だ。ダルドはバイルに会ったこともないし、便りが届くのも今回が初めてだ。そうしたこともあって、ダルドは態度を決めかねていた。
文面の“使いの者”とは術士のことを指す。歳の順でいくと今度の使いはロコドということになる。ダルドからの言付けが、今回の乱れと繋がりがあるのかは分からないが、ロコドを通じて何かを聞き出すことは出来るかもしれない。
だが、ダルドはどこか胸騒ぎがしていた。
ロコドは有能な左術士であると共に、今では一人の若い女性でもある。
果たして、一人でドートに行かせてもよいものだろうか?
目覚ましい速さで進む街の熱気に触れて、ロコド自身の調和が乱れたりはしないだろうか?
また、ダルドさえ会ったことのないバイルに合わせても大丈夫だろうか?
ダルドは、そっとロコドの心を読んだみた。
だが、その心は湖のように美しく澄んでおり、穏やかな川面に波立つ気配は感じられなかった。
「分かった。明後日は満月の時だ。其方に月の庇護を授けるから、それから向かうがよい」
しばらく思案した末にダルドは言った。
「ありがとうございます、ダルド様」
ロコドはそう言うと、床に膝を付けてダルドに礼を言った。膝に添えられた細い指が美しかった。
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