放課後

7/11
50人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 「雨、止まないね」  「夜中が一番酷いんだって。早めに済ますか」  何を、と聞き返す前に、奏はコーラを一気に飲み干した。  「そんな喉乾いてたの?」  「それもあるけど。これ」  奏が取り出しのは、煙草とライターだった。深い紫のパッケージには見覚えがある。  「それ、真紀さんのでしょ。もらったの?」  「三本しかないけどな。パチンコと一緒に卒業するんだと」  慣れた手つきで咥えたあと、ん、と差し出される。断る理由はなかった。  「吸ってたの、知らなかった」  「たまーにな。でも、これで終わり」  「見つからないように、わざわざ海まで来たの?」  私の問いには答えずに、火を点ける。倣って吸い込むと、口の中が僅かに涼しい。  「煙草吸うと落ち着くのって、単に、呼吸が深くなるからだと思うときがある」  「…そうかも」  煙を吐く奏の横顔は、嫌味なほど様になっていた。とんとん、と空き缶の中に灰を落とす。  「あぁ、なるほど」  「気づくの遅い」  「しょうがないじゃん、ばかだもん」  「ほんとのばか女に煙草なんか吸わせるかよ、やめられなくなるだろ」  言われて、一番身近なバカ女の顔が浮かんだ。昔吸っていたのは覚えているが、今ではどうかも分からない。  「お前はさ、呼吸が浅いんだよ」  「…なんの話?」  「吐く理由、ずっと考えてた」  「やめてよ」  「やめない。聞け」  外は雨で、右手には煙草があった。屋根を出ることも、耳をふさぐこともできない。  「ちびのときって、視界狭かったよな。俺、中学で二十センチ伸びたんだよ。骨が痛いとかよりも、先に視界がぐんぐん広がってくことにびっくりした」  「知ってるよ、タケノコかと思った」  「みなと、俺らもう十七だよ。こうやって金払えば二人だけで海まで来られるし、学校や家以外で話す時間だって作れる」  あぶく銭でずいぶん大それたことを言う。反射で僻んでしまうのは、浴びせられた言葉が染みついているからだ。  憐れまれてるのよ、私たち。黒木さんのお宅には。 奏と同じマンションは、亡き祖母が購入したものだ。みなと、お母さんをお願いね。病室で握られた手の感触が消えない。  「まだ十七だよ」  「来年は卒業だ、大学に進めば家だって出られる。地元を離れて、違う景色がいくらでも見られるんだ」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!