放課後

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 「奏」  震えて欲しかった。唇か、声が、どちらかが。そうすれば、私の優しい幼馴染は何も言わずに傍にいてくれる。未来の話なんてせずに、泣き止むまで私の傍にいてくれる。まだ背丈が同じだったころのように。  「誰の話をしてるの?」  煙草の火は消えていた。結局、二口しか吸わなかった。  「大学なんて、ほんとに行けると思った?うちの高校から国立の大学に行った人がどれだけいる?私立の大学や専門がどれだけお金かかるか、部屋を借りるだけでいくら飛ぶか知ってる?」  忘れちゃだめよ、みなと。  耳に入れる言葉を選べれば良かった。酒やけした声に鼓膜が侵されている。  男の人は、自分より下の女が好きなの。黒木の坊ちゃんに可愛がられたかったから、ばかで、貧乏な女の子でいましょうね。お母さんと一緒。  きっと母は覚えてもいない。男の人に捨てられて、惨めな思いを吐き出せば、また新しく恋ができる。そういう仕組みの女がいるのだ、この世には。だけど、奏はそんなこと知らなくていい。  「そういうこと言うのって気持ち良いよね。でもそれって、言ったら忘れちゃうの。この後、どうせ家に帰るよね?奏のおばさんが干したおふとんの中で寝るよね?朝起きてみなよ、何も覚えてないよ。なんか良い夢見たな、肩軽いなってそんな気分だよ」  奏の言葉だけを選べたら、こんなことは言わずに済んだのに。  「奏は行けばいいよ、大学。頭良くなったもんね。背も伸びたね、きっと私がいなくなったらすぐに彼女できるよ。都会の女の子と仲良くなって、年に何回か帰って来て、たまには地元もいいなってしたり顔で言いなよ」  雨を降らせているのは、母のしけた顔か。娘だからと見捨てられなかった祖母か。煙のように消えた父か。どの遺伝子が原因だとしても、放つ言葉は消えない。取り消せない。  「そういうふうにできてるの、奏。生まれたときから、決まってるの」 薬で声を消して、海に消えたのは誰だっけ。あぁ、人魚姫だ。真紀さんが昔読んでくれた絵本に出てきた。  頭が回らなくなって、とんちんかんな記憶が浮かぶ。私もあの薬が欲しい。大事に大事に育てられた王子様に、こんな顔をさせるくらいなら。  「来年まで一緒にいてくれたら、それでいいよ。同じマンションのよしみなら、それだけで十分だから」
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