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  ある夜、私はつきあってる彼と、小汚い中華料理店で夕食をとるはめになってしまった。  「まあ、しかたがない」。腹の中でつぶやいて、店に入った。  するとあの男が食事をしていた。  中華のお店は、日本語のおぼつかない、中年の中国人と思しき夫婦が、二人三脚で経営していた。  カウンターの客も、店主も、どこかあぶなっかしい笑顔を湛えながら、片言の日本語で意思の疎通を図っていた。  あの男はといえば、おかみさんの心からの歓待を受けて、恐縮している、といったふうだった。  ばれないようにしなければ……  彼には聞かれたことだけ答えるようにしていた。その間、ちらと男を見た。  食べ方は意外と上品だ……。  彼は、どうもそっけなく感じたらしく、口数が減ってきた。  間もなく、おかみさんがメニューを持ってきた。そして「今日のおすすめ」を明るく口にした。  「じゃあ、それを」  彼とは目で会話して、お互い了承している感じでいた。  それにしても、また……。  私は時間が経過するのが、こんなに苦しく感じられたことはない。  彼とウーロン・ハイを飲みながら、取り繕うようにその場をやり過ごしていた。  「見るんじゃなかった……」  なんて心中つぶやいて、会話をしていると、10分後くらいに料理が運ばれてきた。  坦々麺と炒飯のセット。  いい匂いがした。  「いただきます」と言って、彼が口をつけたのを見てスープを飲んでみた。  不思議な味だった。どんどん箸が進む。坦々麺は、甘みと酸味のバランスが絶妙だった。炒飯は脂から自然な甘みが感じられた。味の秘密はさっぱりわからない。だけど食べずにいられない。  カウンターの客は、テレビの画面を目で追いながら、ぽつりぽつりと会話を交わしていた。笑い声は聞こえるのだけど、無遠慮な感じはしなかった。  なんていうか、心地良かった。  料理の味。店の雰囲気。  店主は、満足そうな笑みを浮かべて料理を作っていた。  あの男……。  ちら、ちらと店主を目で追いながら、なにやら一人で感じ入ってる様子だ。  私は見てしまった。  男は、一瞬、悲しげな表情を浮かべて、無表情になった。次の瞬間、馴れない笑顔を作って、明るく「お勘定お願いします」と言って、愛想をふりまいたつもりになって店を出た。  男が店を出た後、気のせいか、料理から味が抜けたような錯覚をおぼえた。  
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