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  「はい?」と私は聞き返した。  「いや、だからブラック・コーヒーを」と男は真顔で私に告げた。  沈黙。  時刻は深夜2時になろうか……  まるで、貧乏神とでも接見しているみたいだった。  気味悪くなって、とりあえず、父に教えられた通りコーヒーを作った。  男は、なんだか不機嫌そうな顔をして、本に目を通している。私はなるべく穏やかを装って、テーブルに座る男の前にコーヒーを差し出すと、彼は僅かに顔を綻ばせて黙々とノートを取り始めた。  私は時間が経過するのがこんなに苦しく感じられたことはない。  熱心に、丹念にノートをつけている。  バカバカしい。  男をせせら笑っているようで、彼の姿をちらちらと目で追う自分がいた……。  明け方、私はシフトを終えて店を去ろうとした。  すると、もう顔なじみの、(父兼マスター曰く)ゲームの専門家(だと言っていた)のおじさんが、私の顔をちら、と眺めるなり、ニヒルな笑みを浮かべていた。  気持ちが悪い。  私は逃げるようにその場を立ち去った。  私はその晩のことを、女友達に打ち明けた。  さんざん罵った。  「だいたい、男ってのは……」とか、  「あれは女を知らないんだ」とか、  そういった類のことを、せせら笑いしながら電話していた。  友達は、私といっしょに笑ってはくれたけど、どことなく嫌そうにしていた。  ストレス発散して、忘れかけた頃、またあの男は現れた。  男は瞳が合うと即座に目をそらす。  「童貞!」  私は心の中で罵りながら接客した。  なぜか私の憮然とした態度は伝わるらしく、男は、ずっと苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。  席について、ものの10分もしない間にコーヒーを飲み干すと、男はさも汚いものでも見るように私に一瞥くれて、さっさと外へ出て行ってしまった。そして二度と店に姿を現すことはなかった。  私はその日のことを友達に話した。  「自意識過剰な男って、なんか扱いにくいよね~」等々……。  友達は「あきれた」と言いたげな雰囲気を漂わせて、それ以上私がしゃべるのを嫌がった。
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