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◇◇◇◇
私との口喧嘩がきっかけで、義弟の一晃が家を出て、半日が経った。
彼は出掛けたきり、夜になっても帰ってこない。休日だから、どこかで遊んでいるのかもしれないけれど――虫の知らせというのだろうか――なんだか酷く嫌な予感がするのだ。
(一晃、どこに行ってるのかしら)
彼が去った直後は苛立たしくてたまらなかった。なのに、空の高い所にあった日が傾き、西日が窓に差す頃には、憤りはすっかりなりを潜め、言い知れぬ心配と不安から、彼と喧嘩をした事を心底後悔した。
だって、私ったら本当にどうでもいいことで、彼に怒ってしまったから。
反省した私は、夕方、彼に謝罪のメッセージを送ったけれど、日が暮れて久しい今も、返事は疎か、既読マークすら付くことはない。
日頃からスマートフォンに無頓着な彼だから、通知に気付かないなんて別に珍しくもないのだけれど、今だけは一刻も早く、反応があることを願わずにはいられなかった。
(なんでかしら。一晃が本当に無事なのか、気になって仕方ない。心配しすぎ……よね?)
小さく吐息して、窓からすっかり暗くなった外を窺う。
どんなに待っても、一晃の姿は見えなかった。
一晃は、私の義理の弟だ。
私が早くに親を亡くし、遠縁にあたるこの家に引き取られてから十年。一晃とはそれからずっと一緒に暮らしていた。
彼とは反りが合わないわけではないのだけれど、互いの性分なのか、顔を合わせればいつも大なり小なり言い合ってしまう。
その言い合いをどこかで楽しんでいる自分がいて、相手も悪からず思っているのはなんとなく気配で伝わった。
一晃とは、喧嘩をするほど仲がよい、という言葉通りの気のおけない仲ではあったと思う。
(一晃がいないだけで、怖いくらいに静かだな)
いつも騒々しくしているからか、彼がいない家の中は特別静かに感じるのだけれど、今は寂しさとなって身に沁みる。
まるで、自分の心が半分になってしまったかのような、覚束ない心地にさせられた。
薄ら寒い。心許ない。
またしても、家族を失いそうだと怯え、身を竦ませるような。
「早く帰って来なさいよね、馬鹿」
この呟きは、一番聞いて欲しい人の所には届かない。
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