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午前零時。
普段であれば、眠っているような時間なのに、一晃はまだ帰らない。
外の気配に注意しながら、二階の自室で勉強をしていると、玄関からゴソゴソと物音が聞こえた。
「一晃?」
慌てて部屋を出て、階段を駆け下りる。
ガラス戸越しに見える、玄関脇の外灯以外に明かりの点いていない暗い玄関に、モソリと蠢く人影が見えた。
靴箱の天板を掴んで立ち上がろうとしているのは、背格好からして、きっと一晃に違いない。だが、彼が靴箱を支えに立ち上がるなんて、今までどんなに草臥れていたとしてもしたことはないので、些か面食らう。
それに、目が暗闇に慣れて初めて気付いたけれど、彼の姿は何やらボロボロで、見るからに疲弊したその様は明らかに尋常ではなかった。
「ねえ、どうしたの? 貴方、酷い格好よ」
はやる気持ちを抑えて一晃に近寄り、彼を支えようとその腕に触れて、思わず差し出した腕を引っ込める。
(! 酷い熱)
それに、何故か口元が真っ赤で、血腥い。
その異様さもあってか、荒い呼吸と震える体を引き擦り、這うように階段を上がる彼がまるで手負いの獣のように見えてしまう。
「一晃、待って。手伝う」
「触るな!」
彼の腕を掴もうとした腕が払われ、キツク睨まれた。
喧嘩のことで怒っているのだろうか。
でも、彼の目は私への嫌悪よりも、どこか警戒と不安の色に染まっていて、私をわざと近寄らせないようにしているような様子だ。
「ねえ、外で何があったの?」
「……」
訊いても、彼は貝のように口を閉ざしたまま。
ズルリズルリと階段を昇る彼を支えようとするけれど、やはり拒まれてしまう。
結局、彼は自室のドアを潜るまで、私に少したりとも触れさせなかったし、何も語ってはくれなかった。
体調が悪いのはわかっているのに、介抱できない。
どうすればいいのだろう? 私にできることが、なにかないだろうか。
(ええい、ままよ!)
「日音?! 何してんだよ、出て行け」
強引に一晃の部屋に押し入ると、一晃が目を剥き、私を部屋から追い出そうと声を上げる。だが、残念ながら、私は追い出される気は毛頭ない。
「静かに! 騒がしいと、お義父さんとお義母さんが起きちゃうわよ。二人に見つかってもいいの?」
「脅す気か。悪いが、お前のお小言の相手なんぞしてらんねぇぞ」
「馬鹿なこと言わないの! 待ってて、水とタオルとお薬持ってくるから」
反論の隙さえ与えずに捲し立て、手早く、体を清めるための用意をし、軽食と薬箱を持ってくる。
有無も云わさず一晃の介抱をしようと準備をする私に、彼は抵抗しても無駄と判断したらしい。部屋を往復する私に思うところがあるような、苦虫を噛み潰したような顔はするものの、何を言うこともなかった。
(帰った時は血だらけで心配したけど、怪我はないみたいだから、良かったわ。ただ、高熱があるから、解熱剤で経過を見て、下がらなかったらお義父さんとお義母さんに起きてもらわなきゃ。どの道、病院で診て貰わなきゃいけないよね)
ちなみに、一晃の口元にこびり付いていた血は、怪我や吐血ではないそうだ。
でも、なんで血が付いたのかを、一晃は断じて教えてはくれなかった。
あと、気になるのが、一晃が接触を頑なに拒むことだ。
濡れタオルを彼の額に当てようとするのも嫌らしい。弱々しい力ながらに、タオルを持つ私の手を振り払われた。
「触るな」
息絶え絶えにそう告げる彼に、あからさまなため息を聞かせ、その頬を抓る。
「なに言ってるのよ。病人なんだからおとなしくして。その血もどこで付けたか知らないけど、拭いて着替えるわよ」
有無も言わさず一晃の顔を濡れタオルで清めると、バツが悪い顔をしてため息を吐く。
介抱されることについては、やっと観念したみたい。
「元気になったら、外で何があったか、教えなさいよね」
「……忘れた」
嘘の下手な一晃は、それきり口を閉ざしてしまったけれど、本当に、彼に何が起きたのだろう?
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