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まるで、滅茶苦茶に藻掻いて、海底から浮上したかのような。
そんな、激しい息苦しさと疲労感を伴った最悪な目覚めを果たした俺は、常夜灯の下、大きく荒く、肩で息を繰り返した。
(なんっつー酷ェ夢。……いや、夢じゃないな。あれは記憶だ)
自分と同じ顔をした悪魔と対峙した体験があまりにも強烈で、その記憶を夢でも見てしまったのだろう。気分は最悪だった。
体を冒す熱は未だ冷めやらず、そのせいか、寝汗で寝巻きがぐっしょりと濡れている上に、喉もカラカラだ。
それでも、悪魔に遭った時よりも熱は随分と治まってはきているらしい。
少なくとも、熱で意識が朦朧とする事はなさそうだ。
(ええと、ここは……俺の部屋か。そうだ、公園で起きてから、朦朧としながらも、なんとか家に帰り着いたんだっけ。そんで……)
熱で浮かされていたせいで、随分とあやふやな記憶を手繰り寄せ、自分がどのようにして布団に入ったのか、その経緯を思い出そうとする。
(そうだ。日音に無理やり寝かされたんだ)
数時間前の出来事を思い出したところで、ふと視線を下げると、日音がベッドの脇に座り、布団に突っ伏して眠っているのが見えた。
窓から差す月明かりに照らされたその寝顔は、彼女が起きている時よりも幾分か、あどけない印象を受ける。
――俺は、あの惨劇の場から逃れて、家に……いつも通りの日常に戻って来られたのだ。
日音の姿を目にすると、そんな安堵感が生まれた。
「悪いな、心配かけさせちまった」
スヤスヤと寝息を立てるその人に向けて小さく呟き、額に掛かる髪を避けようと手を持ち上げる。
(なんだ? 腕が妙に軽い気がする)
腕の軽さに違和感を抱きつつも、眠る日音に手を伸ばす。だが、自分の手腕が視界に入った瞬間、俺は反射的に自分の腕を背後に隠した。――なにか、見てはいけないものを見た気がしたのだ。
さっき、自分が目の当たりにしたものが、どうか夢であって欲しい、と淡い願いを抱きながら、もう一度胸元まで引き寄せた自らの腕を見止め、俺は息を呑む。
「ッ……!!?」
悲鳴を上げそうになるのを寸出で止めるのに、どれだけ苦労したことか。
己の手が、腕が、異形のものとなっているなんて、誰が予測できるというのだろう?
よく鞣された革のような、艶のある漆黒の手腕。
獣のそれを彷彿とさせる、鋭く長い鉤爪。
指先は爪の急激な成長に耐えられなかったのだろう。今も血が滲んでいる。
そのあまりの変わりように、心がついてこられない。発狂しちまいそうだ。
歯を食いしばり、叫び出したい衝動をなんとか堪えた。
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