無題の物語

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 私たちはきっと知らず知らずのうちに赤い靴を履いたのだろう。  最初はそれを赤い靴とは知らず喜び、次第に執着していき、ただの小さな幸せがただの苦痛に変わる。  そして、ある日そのことに気付いて、ただ愕然とするのだ。  物語を綴るというのはこの世で一番、不毛なことだと思う。  ある作家は「物語なんて何もならない。空腹の子供一人、救えやしないじゃないか」と言われた。それに対して「空腹を一瞬でも忘れさせるのが物語の力だ」と答えたそうだ。  でも、そんな風に物語で他人を救える人間はたった一握りの才能がある者だけ。  それを悟るのに、かなりの時間が掛かった。  ずっと普通の人間になりたくないと思っていた。特に父親のような人間には絶対に。  私の父親はつまらない人間だとずっと思っていた。  父親は物語を嫌い、友達らしい友達もおらず、いつもニュースや新聞を見ているような人間だ。そんな父親を横目に私は物語の世界に没入していった。  高校では文芸部に入り、夢を語り合う仲間が出来た。  ここまでが私が心から楽しかったといえる記憶だ。  時というのは残酷で、時間が経つ毎に自分というものが信じられなくなる。
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