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本当に餌でも見るようだった逸の目がじわじわと理性を取り戻し始めると、泣き出しそうに、いっそ不快そうに顰められた。
「ーー敬吾さんそれっ……ほんと危ねえってーーーー、」
「うん?」
「本気にするでしょ……!!」
「いいよ別に」
「良くない、敬吾さん分かってないーー」
「? なにが」
「………………っ」
拗ねた子供にも見えるほど拙い吐露を飲み込むと、逸はまた、老けたような苦々しい顔をする。
「なんでもないす、……さっきのは聞かなかったことにします。気持ちだけ」
「あ?なんでよ」
「なんでも」
「おい」
まだ忌々しげな逸の顔の頬を掴み、敬吾はそれをむにむにと滑稽に崩してやった。
「おいこら」
「………………」
「やましいことか?おい」
口調こそ芝居がかっているが敬吾が引きそうにないことを察して、逸は観念のため息をつく。
「俺、独占欲すげえんですよ……」
「知ってるけど」
「……それは我慢してるレベルです」
「………」
「……昔っからずっと、事ある毎に思ってたけど隠してたんです。どこにも行かせないで閉じ込めときたいって」
敬吾が言葉を返さずいると、またため息をついて逸はベッドにあぐらをかいた。
「……言って嫌われたらどうしようもねえから黙ってただけで」
片眉だけ訝しげに歪めて見せて、敬吾も起き上がる。
「なんだそれ、常に思ってんの?」
「や、うーん……」
苦しげだった逸の顔が、素直に困ったような顔になる。
説明が難しい。
「そうでもないな……敬吾さんの帰り待ってんのとかもすげー好きですよ?今頃なにしてんのかなって考えんのも好きですけど、なんかあった時とか……敬吾さんが可愛すぎる時はもう本気で閉じ込めてやろうかと思いますよ、我慢すんのすげーきつい……」
「……へえ」
「ーーで、それを許すようなこと言われると余計辛い」
敬吾の許しがあるならば、嫌われないならば、やってしまいそうで。
それをどうにか常識的な手段で、敬吾を尊重し、だがやはりできる限りの強制力で実行したのがこの形なのだーー
逸の苦悶とは裏腹に、敬吾は未だ訝しげなだけだった。声音もまた、同様。
「俺、こっちにいる間籠っててもいいっつっただけだけど」
「煽り過ぎなんですよ……」
「知らねーよ、さっきの話今初めて知ったし」
「そうですか?敬吾さんが知ってる俺でも、その味覚えさせたらやばくない?」
「………………」
苛立ったようにそう言われて敬吾は素直に考えた。
例えば見世物小屋の、鎖に繋いだ猛獣。
今日だけ自由にしてやるから明日からまた捕らわれておけ、というのはーー
「やべえな」
「ほらぁ」
呆れたように横目で睨めつけて、だが逸は自嘲気味なため息をつく。
「ーーや、隠してた俺が悪いんですけどね。ごめんなさい」
「………」
「結婚までしといてなんですけど、俺そんなに……人畜無害ではたぶんないと言うか……」
「そこは割と知ってるわ。結構腹黒いじゃんお前」
「えっ!?それは自覚ないんすけど」
おかしなところで狼狽える逸を尻目に、敬吾は斜め上を見て「んー」と唸っている。
「まーでもその件は一回すり合わせてみるか?」
「えっ」
「後でな」
「いや待って敬吾さんおかしいおかしい」
下手をすれば監禁したいと言っている人間に一体何を言っているのだ。
おろおろと制止にかかる逸を一瞥し、敬吾は涼しげなものである。
「条件次第では落としどころを考えてもいい」
「敬吾さんのそういうとこほんっと恐い……!!」
「だいじょぶだって、お前は腹黒だけどヘタレだから」
「うっ……?」
真実それが答えのような気がして逸は思わず頷くが、なんだかヒッカキ傷を負ったような気がしていた。
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