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「………っああぁーー……」
定時後の倉庫。我ながら親父臭い、とは思いつつ呻いた敬吾に、「嬉しい悲鳴とはこのことだね」と茅野が声を掛ける。
恥じ入ったように苦笑して敬吾が同意すると、茅野は缶コーヒーを差し出した。
「手伝えることある?」
「ありがとうございます」
せっかくそう言ってくれた上司に打ち明けるのが恥ずかしい話だが、ただ単に商品を把握しきれていないだけなのだ、助力などしてもらいようもない。
正直にそう言って苦笑すると茅野も更に苦々しい顔をした。
「いや、僕もだよ。本当急激に品数増えたもんなあ……」
すっかり狭くなり、雑然としてしまった倉庫を眺めて茅野は言って思い出したようにコーヒーに口を付ける。
敬吾も缶の口を開けた。
「一度落ち着いて整理したいですね。今週末倉庫の人結構出るみたいなんで、俺も出ようかなと思ってるんですけど」
「そうか、うん……だよねえ」
「どうかしました?」
難しそうな顔をした茅野に敬吾が問い掛ける。
「ちょっとね、本社から言われちゃって。皆の残業時間……特に敬吾くんと由紀子さん……」
「ああーーーー」
由紀子とは、敬吾と同じく取引先の流入が特に多かった同僚である。
支所立ち上げの際本社から異動になった女性で、敬吾より五つほど年上のはずだった。非常に優秀だがやはり不慮の事態に時間を食われているのは同じである。
「分かるんすけどねえ……」
「そう……分かるんだけどさー、こっちとしてはね……やらなきゃやらないで大変なことになるわけだし……」
「ねぇ……」
対岸の火事に意見を言うのは簡単だ。
お偉いさん共め、と揃って思いながらため息をつき、二人はとりあえずコーヒーを飲む。
「こっちの状況も説明してはいるんだけどさ、社内規定に引っかかりそうとなると僕もどうしようもなくて。でも皆が大変なのも事実だし……それで提案なんだけどさ」
「はい?」
「一段落したらリフレッシュ休暇取らない?由紀子さんと敬吾くんから」
「は」
「一週間くらいまとめて」
「ああーー」
予想外のことで驚きはしたがなるほどと敬吾は瞬いた。
安全地帯からどう言われたとて、現状残業なしではとても業務が終わらない。
が、皆消耗しているのも本社がうるさいのも事実なので、いずれまとめて休むから今は頑張らせてくれと言うつもりなのか。
「来月辺り谷間ですしね。俺はいいと思います、今仕事後回しにしたら後で泣きますもんね」
「良かった。由紀子さんにはオッケーもらってるんだ。皆にも聞いてみて、本社に掛け合ってみるよ」
「宜しくお願いします」
「うん」
人好きのする笑顔で頷いて見せ、茅野は「さて」と敬吾の肩を叩いた。
「帰れそう?」
「あはは、あとこの棚だけまとめたら帰ります」
「そっか。じゃあ申し訳ないんだけど僕先に帰るね」
「はい、お疲れ様でした」
ひらひらと手を振りながら茅野は重い扉をくぐって行き、それを見送ってから敬吾はひとつ伸びをして最後の棚をぼんやり眺めた。
ーーリフレッシュ休暇か。
「何しよ……」
まあーーとりあえずは掃除と片付けだ。
あとは惰眠を貪って、ゆっくり風呂に浸かってーー
「……いやいや」
そんなことよりも目前の仕事である。
ぺんぺんと頬を叩き、30分で片付けよう、と敬吾は気合を入れ直した。
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