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逸が本間に出張の延期を告げられたあの日。
己の力不足は認めながらもやはり飲み込めずにいると、深夜にも関わらず電話が鳴った。
いつでも時差を鑑みる敬吾ではない。後藤だった。
「……はい」
『おぉ……どした……?』
逸の声のトーンの低さに後藤は驚きを隠せない。
挨拶もそこそこ、本題も後回しに『なんかあった?』と尋ねる。
「んー、や、出張延びそうで」
『え、マジで』
「分かんないですけどね」
本間を納得させさえすればいいのだから。
そうは思うが、諸々の衝撃と見通しの暗さで気分は未だ浮上しない。
とりあえずは後藤の要件が済んだら眠って、一から考えなければーー
「後藤さんこそどうかしたんすか?」
『ああ、えっとねえちょうど良かったわ。落ち込んでんなら』
「?」
『敬吾、来週休み取らされたってよ』
「ーーえ」
ぼんやりしていた脳内がそのまま止まる。
一瞬、来週帰ってしまおうかと思った。
ーーだが今はそんなことをしている場合ではない、本格的に帰りが遅くなる。
せめて、時間を気にせず電話するくらいはできるか。
そう考える逸に、『やっぱ知らなかった?』と後藤が言う。そう。知らなかったのだ。なぜ本人の口から聞いていないのだろう。
いや、分かっているのだがーー
「俺が落ち着かなくなんの分かってますからね、敬吾さん」
『あー、なるほどね』
感心したような後藤の声を耳半分に聞き、意識も半分に逸はやはり別のことを考えていた。
では敬吾をこちらに呼ぼうか。説得できるだろうか。そしてやはり、やや情けない気もするが。
そんなことを考えて無言になってしまっている逸に、後藤は苦笑いしながら咳払いをした。
『ーーそんでね?これまだ本人は知らねえんだけど』
「はい?」
『敬吾そっちにやっちゃおうかと思って』
「ーーーーーー」
今度こそ無言になった逸にまた笑い、後藤が経緯を説明する。
『俺も日本戻ってきたとこなんだけどさ。桜ちゃんから電話貰ってそこで聞いたんだわ。で、空港でそのままチケット代わりに買っといたから』
「ーーーーーーへ」
『土曜の夜日本から追い出しますんで』
「…………………」
『受け取ってねぇ』
「…………えええぇ!!?????」
ようやく逸がしっかり驚いた頃、後藤にも限界がやってきた。『ごめんもう寝るねー』と言ったきり後藤の言葉はなく、そのまま通話は切れてしまったーー。
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