sol

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後藤にのしつけられたチケット、大袈裟な仕草で桜から渡されたパスポート、バッグに詰めてもいない最低限の荷物を前に、敬吾はなぜか正座してしまっていた。 一晩寝て起きてもまだ信じられない気持ちである。 あの男のところへ本当に行くのかーー ぎくりとしたのかどきりとしたのかとにかく平静を欠いた気がして、敬吾は落ち着いて封筒を開けた。 ーー日本を発つのは今夜遅く。 トランジットが4時間あり、向こうに着くのは現地時間で夕方だ。 4日間の滞在を経て金曜の夜に帰国ーー 出社まで2日間の猶予を考慮してくれたのは、チケット手配の際一緒に居たという柳田だろう。本当にありがたい。 その心配りも含めて、見れば見るほど現実味が増してしまう。 そしてーー 「なんだようるせえな!」 『えっごめんなさい!!』 先程から鳴り通しのこの電話のやかましいことと言ったら。 開口一番その犯人を叱りつけ、敬吾は正座を崩してあぐらをかいた。 「つーか……そっち今真夜中じゃねえの」 敬吾の勘だと3時くらいのはずだ。 いくらスペインの夜が遅いとは言え深夜の部類だろう。 逸は叱られた子供のように眉を下げる。 『だって心配でー』 「あ?」 『準備できました?間に合いそう?』 「………………」 ーー今まさにしている。 しているが、素直にそう言うのがなんだか癪で敬吾はむっと口を結んだ。 「……今始めたとこ」 『そ、そっか』 仮にまだだと言われても、ましてや終わっていると言われてもそうだったろうが逸は大した返事をしなかった。 とり逆上せているのかも知れない。 呆れたような、だがやや赤い顔で敬吾はじっとりと携帯を睨めつける。 「……なんだよ」 『い、いや……』 結局逸は黙り込んだ。 敬吾も黙っている。 しばらくして、観念したように逸が口を開く。 『……敬吾さんに会えるって思ったらもー……、そわそわしちゃって』 「……………」 遊んでもらえる時を落ち着きなく待つ大型犬のような姿が目に浮かんで、敬吾は不覚にも少し笑った。 文字通りうろうろしているのかも知れない。 『ーー本当に来てくれる?んですよね?』 「………………」 ーーああもう。 (かわいい……) ぺたんと顔の半分を覆い、きつく目を瞑って敬吾は「行くよ」と言った。 「……仕方ねえだろ、チケットまで用意されたら……」 『あはは』 本当に、強行軍もいいところだ。 もちろん嬉しいは嬉しいのだがーー、 「金額見たらいらねーとも言えねえし……!!!」 『で、ですよねー』 これは、本心からの嘆きであった。
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