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敬吾としてはそんなことは逸の自覚のないままに言われ尽くしてしまっているから新鮮味もないが、手続きだの挨拶だのとごたついていたのでその度これが岐点なのだという感慨はあった。
その辺りのことも知らない、傍から見ていただけの後藤からすると、何ら変わったところがないように見えても無理からぬことだった。
「まあ確かにどっちかの籍に入るとかそういうことじゃないんだよな。ただ限りなくそれに近い権限みたいなのをお互い持っとくって感じ、保険だの相続だの入院、手術だの」
「へえ………」
「もー、契約契約公正証書のコンボ」
ここのところその手続きにかかって忙殺されていた敬吾はややげんなりとした顔をする。
これが男女の話で婚姻届一枚で済むのならそれはもう幸せいっぱいなだけでいれば良い。
しかし同じく忙しかったはずの逸はまさにそんな顔をしていた。
特に、社会的な事柄はややこしくも整備されている法の中で手続きを済ませたが、倫理的な色合いの強い貞節関係は個人的な契約を交わす他なく、敬吾がわざわざそれをしようと言ったことが嬉しかったのだ。
ただでさえ面倒続きな上、下手を踏めば喧嘩沙汰にもなり得る、少々口が重くなってしまう内容でもある。
事実逸は言おうかどうか悩んでいた。
万一自分がーー有り得ないがーー浮ついたらそれを不貞だとしたい、誰かが敬吾に手を出したらそれを罪だと罰したい。
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