降りみ降らずみ、降りやみ

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それから。 懐かしいーーような気がしなくもないーー店で食事をとった。 さすがに以前座ったテラスはこの時期閉じられていて屋内の席だったが、マフラーを外せない敬吾にスタッフが暖房を強くしましょうかなどと気を利かせてくれ、断るのに苦心して、逸は睨まれた。 メニューを決める時には相変わらず多国籍料理があれこれとメニューに並んでいるので、スペイン風のものを指さしては敬吾が作れるか、食べてきたのかと尋ねるので妙に時間を食ってしまった。逸は酒の肴になるものをメインに覚えてきたらしい。 料理が運ばれてくる頃、まさに電池が切れたように逸ががっくりと船を漕いだので、ここからは敬吾が運転することにした。それを良いことに逸はーー本場にいたというのにーーサングリア、それからアイスクリームを注文する。いわく、「前来た時敬吾さんが飲んでたから憧れてた」らしい。味には満足したらしかった。そこから記憶が手繰られたのか、眠気をごまかすためか逸はよく喋った。 あの時、プレゼントを何にするかとにかく苦慮したこと、特に高価なものは断られそうで怖かったこと、今はその心配がなくて嬉しいこと。 ーーそれから声を潜めてこう言った。 「敬吾さんとラブホにいるのが信じられなくて。めちゃくちゃ興奮してた……」 「いや、今もですけどね。でもあの頃はもっとなんていうか、セックスに持ち込むのにムードとか自然さがないと敬吾さんは流されてくれないって言うかーーあんないかにもな場所にいるだけでもう、うわーって……ほんと非現実的で」 少し黙れ、と窘められ、逸は苦笑して肩を竦める。 だが更に声を落として、続けた。 「ーーでも今は」 コーヒーのカップに唇をつけたまま、敬吾が目だけで逸を見る。 逸は破顔した。 「次の部屋、防音ちゃんとしたとこがいいでしょ?」 「うっせ」 さっさと食え、と叱られてまた逸は笑い、しかし今度は言われた通りにした。
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