降りみ降らずみ、降りやみ

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「あーーー久しぶり」 懐かしい部屋のドアを開け、逸は半ば走るように部屋に上がった。 狭くて、日当たりはそれなりで、地味な調度品ばかりだが心から憧れていた部屋。 何度も思い描いた記憶のそのままだった。 「一服するか」 「はい!」 湯を沸かしながらカップの用意などしている敬吾の背中から腕を回し、「危ない」と叱られて逸は笑う。 「あー幸せ」 「んー。カップとりあえず今日はこれな」 「あ、そっか」 自分のマグカップのことなどすっかり忘れてしまっていた逸は、最後に見たのがいつかも憶えていない、ホームセンターかどこかで買ったのであろう無愛想なカップをぱちくりと眺めた。 「割れたやつってもう捨てちゃいました?」 「いや、あるよ」 「あっ……愛感じる」 「分別が分かんなかっただけだけどな」 「じゃあ、直せるかもっつっても嬉しくないっすね」 「えっ」 「…………」 「…………」 しばし見つめ合ったあと、逸がにやりと笑ったのが腹立たしくて敬吾は久方ぶりに平手を食らわせてやった。
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